初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした

28 憎き男と消したい過去

 仕事を終え、いつも通り迎えに来たリムジンに乗り込み代官山の邸宅に帰ると、珍しく湊がリビングで寛いでいた。

「あ、仕事お疲れ様です」

「お疲れ様……」

 昨夜、あんなことがあってから、初めて言葉を交わしたが、拒絶してしまった手前、いつも通り接することも出来ず、紫遥は視線を泳がせた。

 湊も香奈子や、多くの男性と同じように「お前から誘ったくせに、突然拒絶するなんて」と、自分に対して怒っているかもしれない。
 少なくとも、自分たちは一夜を共にしたのだ。それなのに、突然拒否反応を示すことは、湊にとって不可解であるに違いなかった。

(ちゃんと話さないと……)

 これから家政婦として働く上で、湊との接触は避けられない。このまま気まずい空気でいるのは嫌だったし、また同じようにフラッシュバックを起こして、湊を拒絶してしまうのも嫌だった。
 
 紫遥が意を決して話しはじめようとすると、先に口を開いたのは湊だった。

「昨日、すみませんでした」

「え……?」

「あんな風に無理やり、その、迫ってしまってすみません。嫌でしたよね。本当にすみません」

「え……」

 湊に謝られたことに、紫遥は拍子抜けした。

「久我くん、怒ってないの?」

「え?怒ってるって何に対してですか?」

「あ、いや……私が突き飛ばしちゃったから」

「そんなことで怒りませんよ。そもそも無理やり襲おうとした俺のせいですし……先輩は一つも悪くないじゃないですか」

 紫遥はおずおずと湊を見つめ、本当に彼が山口と同じ男なのかと驚いた。
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