初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
「特別っていうのは、好きだっていう意味にとらえてたんですけど……もしかしてまた俺の勘違いですか?」

 強引な行動とは裏腹に、湊は少し頬を赤くし、気まずそうに言った。
 その様子が子犬のようで、いつもはクールな湊が、突然可愛く見えてくるから不思議だ。
 紫遥は思わず口角を上げた。

「何がおかしいんですか」

 拗ねたように言う湊に、紫遥は慌てて「違うの、なんだか久我くんが可愛くて」と訂正した。
 湊は紫遥の言葉に目を丸くしたが、動揺を悟られないように、一つ二つ咳払いをした。

「それであの……久我くんの勘違いじゃないよ」

「え?」

「私、久我くんのことが好き。今も昔も」

 紫遥は自分の言葉が、自分の思いが、湊に正しく伝わるように、目を逸らさずに言った。

「高校の時、言えなくてごめんね。あの時、私には久我くんを好きだなんて言う資格がないって思ってたから」

「なんで……」

「だって、私と久我くんじゃ住んでる世界が違いすぎるし。それに……」

 紫遥は、服の袖をぎゅっと握りしめて言った。

「ずっと……自分は穢れてるって思ってたから」

 山口に処女を奪われたわけではない。しかし、山口に強要された行為の数々は、紫遥にとっては自傷行為と同義だった。傷つけられ、ボロボロになり、他の男性に執拗に触れられた自分の身体は、純潔とは言えない。そんな穢れた身体を浄化したい、暗い記憶をすべて塗り替えたい、そんな気持ちであの日、湊にキスをしたのだ。
 そんな自分勝手な思いから、湊に迫った自分が「好き」などと言えるわけがなかった。
< 194 / 258 >

この作品をシェア

pagetop