初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 すると、湊がそっと紫遥の顔にかかる髪の毛を耳にかけた。湊の温かい手の温もりが頬に伝わり、くすぐったい。

「穢れてなんかいません。初めて出会った時から、先輩は綺麗なままです」

 湊の言葉がじんわりと身体全体に広がった。
 
 あの日、初めて湊に出会った日。興味本位で彼の姿を描く中で、どこか自分と同じ空気をまとっているかのような、そんな淋しげな男の子のことがもっと知りたくなった。そして、湊のことを知れば知るほど、自分とはかけ離れた世界にいることを知り、最初は劣等感のようなものを抱いてしまったこともある。
 
 けれど、湊はそんな紫遥の気持ちはお構いなしで美術室に毎日のように現れては、とりとめのない話をして紫遥を笑わせてくれた。紫遥には経験したことのないような家族のこと、友人のこと、そして諦めていた将来の夢のこと。不思議と自分とは違い、恵まれている湊の話を聞いても、嫉妬心は湧き上がらず、むしろ自分の苦しみがちっぽけであるように感じられ救われた。

 ある日の放課後、絵を描く紫遥を見て、湊が突然言った。

『俺、先輩みたいな人になりたい』

『どうして?』

『自分の足でちゃんと立ってるじゃないですか。俺は足元にたくさんの大人がまとわりついて離してくれないんです。けど、それがなくなったら一人で立っていられる自信もない。だから文句言いながらも、振り払おうとしないんです。ね、ダサいでしょ?』
 
 そう言って自嘲する湊もまた、かつては紫遥とは違った形で大人に縛られ、窮屈な人生を必死に生きていた。
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