初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした

34 湊の母親

 悪い話だとは思っていた。しかし、いざ恋人の母親から「別れてくれ」などと言われると、頭を後ろから思い切り殴られたような衝撃を受けた。

「あの……なぜか理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

 必死に声の震えを抑えながらそう聞くと、聡子は額に手をあてて、重いため息をついた。

「理由なんてわざわざ説明する必要あるかしら?」

「……」

 聡子の冷たい言葉に、喉の奥がきゅっと閉じる。

「どう考えたって、あなたと湊が釣り合うわけないじゃない。今は俳優なんておちゃらけたことをやっているけど、いつかはあの子にも久我家の会社を手伝ってもらわなきゃいけないのよ。それなのに、付き合ってる女性のレベルがあまりにも違うと、周りに顔向けできないでしょう?」

「それは……」

 確かに聡子の言う通り、湊と自分が釣り合っていないことは学生の時からわかっていたことだった。だが、湊との恋が実った喜びで浮かれていた自分は、そんな受け入れ難い事実をどこか遠くに追いやっていたのかもしれない。
 
 こんな私を好きと言ってくれた。

 それだけで、自分も湊と結ばれる権利があるのだと、そう思い込んでしまっていたのだ。


「湊さんと釣り合っていないのはわかっています。ですが……」

 彼のことが本当に好きなんです。そう言い返したかったが、聡子を納得させるためには弱すぎる主張だと思い直し、口をつぐむ。

すると、聡子が小さくため息をついた。
 
「私も悪魔じゃないから、タダで身を引けとは言わないわ。……あなた、借金があるんでしょう?」

「えっ?」

 突然借金のことについて言われ驚くも、以前湊にも調べられていたのだ。聡子なら息子の恋人についてさらに詳細に調べているだろう。自分の母親や家庭環境のことも、経済的に困窮していることも全て知られているはずだ。


「はい……ですが、それは働いて返すつもりです」

「その必要はないわ。私が全額支払いましたから」

 聡子の言葉に、紫遥は絶句した。
< 219 / 258 >

この作品をシェア

pagetop