初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
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「また湊の交際相手に文句をつけたそうじゃないか」
 
 その日の晩、寝室でネクタイを外しながらそう言う夫の言葉に、聡子は「ええ、心配で……」と答えた。
 
 夫の発言は、まるで湊の肩を持つかのような口ぶりだったが、実際は家から出て俳優の道を選んだ湊を彼は見放しているのだ。だからこそ、どんな相手と交際しようが興味がないのだろう。
 
 ドレッサーの前に座り、化粧水を手のひらにポトポトと数滴落とした聡子は、紫遥に言われた言葉を思い出した。

『湊くんが羨ましいです』

 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
 
 自分は夫とは違う。湊がどれだけ自分を嫌っていても、久我家と縁を切ると言ったとしても、それでも聡子にとっては大事な末息子には変わりなかった。
 もしも自分が久我家の人間じゃなければ、平凡な家庭の妻であれば、息子の交友関係などに口出しはしなかったであろう。しかし、湊は慎重に相手を選ばなければいけない立場にあり、一歩間違えれば自分の首を絞めることになるのだ。それをなぜわかってくれないのか。
 そんな歯痒い気持ちで湊と接しているうちに、いつしか絶望的な距離ができていた。
 
 だからこそ、紫遥の言葉に救われた気持ちになったのだが、皮肉なことに彼女は、湊とは学歴も家庭環境も何もかもが不釣り合いな小娘だった。唯一、彼女を湊と並べても遜色ないところと言えば、美しい容姿くらいだろうか。それも自分のように、年老いれば失われてしまうものだ。
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