初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 湊は拍子抜けしたような顔で、振り返った。

「本来は結納をしなければいけないところだけど、紫遥さんは両親がいないでしょう?だから……」

 聡子の言葉に、また嫌味を吐くのかと湊は眉間に皺を寄せた。
 しかし、続く言葉は予想外のものだった。

「次はあなたの妹さんも連れていらっしゃい」

「えっ……真夏もですか?」

 紫遥は驚き、湊と顔を合わせた。

「何を驚いているの?これから家族になるんだから挨拶くらいしてもらわなきゃ困るわ」

「あ、はい!今度妹も連れてきますので……」

「母さん、何企んでんだよ」

 湊がそう疑うのも無理はなかった。今まで湊の交際相手はもちろん、湊の選択にはいつも口を出してきた母親のことだ。こんなにすんなり結婚を認めるなんて裏があるに決まっている。湊は母親を疑惑の顔で見つめた。

「……失礼ね。何も企んでないわよ」

「じゃあ、なんで……」

「ただ……」

 聡子は少し言葉を詰まらせた後、湊の隣で佇む紫遥をちらりと見て言った。

「一度くらい、あなたの選択肢を尊重してもいいと思っただけよ」

 隣で湊が戸惑っているのがわかった。
 湊の方を見ると、聡子の返答に言葉が出ないのか、湊は口を何度かパクパクさせたあと、気まずそうに俯いた。

「あと、紫遥さん。あなたに一つ確認したいことがあるの」

 聡子は紫遥の方に向き、少し表情を歪ませた。

「確認したいこと、ですか……?」

「あなたのお母様、仮屋香織さんに会いたいという気持ちはあるのかしら」

「お母さんに……?」

 聡子の真剣な顔に、紫遥は嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
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