初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 リビングに戻り、こんがりと焼けたトーストを頬張っている真夏を見て、紫遥はいまだに母親の件をなんと言って打ち明けようか悩んでいた。
 
 「お母さんの居場所がわかったよ」
 
 伝えるのはたったそれだけでいいのに、なかなか声には出せずに口の中はどんどん乾いていく。
 
 すると、真夏がふと思い出したように、テーブルの上に雑多に置かれた郵便物の中から一通の封筒を手に取り、紫遥に差し出した。

「そういえば、お姉ちゃん宛に手紙来てたよ。えーっと、坂本香織さん?って人から」

 香織、という名前に、紫遥は息を呑んだ。
 苗字は違えど、それは母親の名前だった。

「誰?友達?」

「……うん、まあ知り合い」

「今どき手紙送ってくるなんて珍しいね〜」

 真夏は母親からの手紙だと知らずに、呑気にテレビを見ながら口をもぐもぐと動かしていた。
 真夏は母親の名前を知らない。昔、聞かれたことがあるような気もするが、二人の中で母親の話はタブーであり、紫遥がそんな環境を強いてきた自覚はあった。自分たちを捨てた母親のことを思い出す必要はない。そう強く心に決めていた紫遥だったが、妹も同じ気持ちでいるかどうかは自信がなかった。

 真夏から手紙を受け取り、封筒に書かれた文字を見つめる。
 「仮屋紫遥様」と黒のボールペンで書かれたその字は、懐かしい母の字だった。
< 234 / 258 >

この作品をシェア

pagetop