初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 男は、キッチンに食材を並べ始めた紫遥を、少し離れた場所からじっと見ていた。
 男の視線に戸惑いながらも紫遥は言った。
 
「1時間ほどで夕飯ができますので、よろしければお部屋でくつろいでいてください。もちろん初回ですので、ご心配でしたら、そばで作業を確認していただいても構わないのですが……」
 
 紫遥がそう言うと、男はパッと顔を逸らし、「ではお願いします」とだけいって、奥の部屋に入っていった。
 
 変わった人だ。芸能人とは皆、こんな感じなんだろうか。確かに顔を隠していても、煌びやかなオーラは隠れていないし、整った鼻筋と上品な口元が、一般人離れした美青年であることを物語っている。にしても、挙動不審すぎやしないか。
 

 夕食の準備ができ、部屋に男を呼びに行くと、男は先程と同じ格好のまま部屋から出てきた。
 
 テーブルに並んだ色とりどりのおかずは、見た目だけではなく、栄養バランスも考えられている。テレビに出る仕事ということで、体型には気をつかっているだろうから、脂質は控えめに、和食中心にした。
 
 「どうぞ」
 
 紫遥がそう言うと、よほど空腹だったのか、男は目の前の食事にがっつき、次々と飲み込んで行った。
 
 (良かった。味は大丈夫みたい)


 男の様子に安心した紫遥は、部屋の掃除をさせていただきます、とだけ言い残し、指定されていた部屋に入った。



 部屋には、先程まで男がいた痕跡があった。床にはドラマの台本らしき冊子が何十冊も散らばり、机の上にはペットボトルやエナジードリンクの缶がいくつも並んでいた。
 
 俳優、それとも演技もできるアイドルだろうか。どちらにせよ、男は眠れない日が続くほど、仕事に忙しくしている、人気芸能人らしかった。
 
 一目でゴミとわかるものから拾い集めていると、ふと本棚にあった紺色のアルバムが視界に入る。
 
「あれ?これ、うちの高校の卒アルじゃない……?」
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