初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 予想もしていなかった香奈子の発言に驚き、紫遥は大きく左右に首を振った。

「紹介!?いや、無理です無理です!私、あの人とそこまで親しくないですし」

「親しくない人が、わざわざ会社まで来るわけないでしょー!もしかして、仮屋さんうちらに紹介したくないからって嘘ついてる?」

 それはもっともな考察なのだが、町田とは本当にあれが初対面であるし、紹介したくないも何も、紫遥自身、町田のことをよく知らないのだ。

 紫遥がなんと断れば良いか悩んでいると、上から篠原チーム長の声が降ってきた。

「こら、お前らもう勤務時間だろ。合コンの話なら昼休憩にしろ」

「えーだって、仮屋さんランチ誘ってもなかなか来てくれないし……あ、そうだ!今日はランチ食べに行こうよ!」

「えっと……」


押しの強い香奈子の言葉に圧倒されていると、篠原が紫遥の肩にポンと両手を乗せて言った。

「昨日休んだ分、仮屋には任せたい仕事がたくさんあるんだ。外にランチに行っている暇はない」

「ちょっとそれ、厳しすぎません?」

「お前らとランチ行くと、一時間で帰ってこないだろーが。ほら、とりあえず仕事に戻れ」

 香奈子たちはぶつくさと文句を言いながらも、自分たちの席に帰って行った。

 
助け舟を出してくれた篠原に礼を言うと、篠原は首の後ろをかいて「困ったらいつでも言えよ」と言い残し、席に戻っていった。


残された紫遥はやっと自分の席に座り、無意識に篠原に触れられた肩を手でパッパッと払った。
 
紫遥の7歳上の篠原は気さくで、いい上司であるし、特に真面目に仕事をする紫遥のような人間にはとても優しく接してくれるのだが、紫遥は何かと距離が近い篠原のことが苦手だった。
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