初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 いつ、どうやって、彼をここまで勘違いさせるに至ったのか検討もつかないが、今の紫遥には逃げるという選択肢しかなかった。
 
 しかし、このままアパートの中に直行すれば、自宅が知られてしまう。中には真夏もいるし、心配させたくない。とりあえずここは猛ダッシュして切り抜けるしか……。

 必死に脳みそをフル回転させて考えていると、何を思ったか、突然篠原が紫遥を抱きしめた。

「動揺して当然だよな。けど、俺、仮屋のことちゃんと好きだから」

 その時、紫遥の頭の中で嫌な記憶がフラッシュバックした。
 タバコの匂いが染みついた身体。荒い鼻息。二の腕を撫でる、べったりとした手。「好きだ」という、聞きたくもない愛の言葉。



『紫遥、好きだよ』

『黙って俺の言うこと聞くんだ』

『絶対にこのことは誰にも言っちゃダメだからな』



 紫遥は篠原の腕の中で固まり、動けなくなっていた。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 そう頭の中で唱えても、どうせ助けは来ないのはわかっていた。
 
 篠原が耳元で何かを言い続けていたが、紫遥には何を言っているのかまったく理解できなかった。身体全体が篠原を拒絶していたのだ。

「おい、何やってんだ」

 すると、後ろから突然、若い男の声が聞こえた。
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