初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 あの日、突然いなくなった母も、カバンに入るだけの荷物を詰め込んで、家から出て行ったのだろうか。

 残していったいくつかの荷物は、いつか戻ってくるかもしれない、という思いからなかなか捨てることができず、何年もタンスの奥にしまったままだった。

だが、母はいつか戻ってくるつもりで置いて行ったわけではなく、もう必要ないから置いて行っただけなのかもしれない。素敵な洋服なら、新しい恋人に買ってもらえばいい。お気に入りだったワンピースは、母にとってはもうなんの価値もない布切れだったかもしれないのだ。



「紫遥ちゃん、本当に大丈夫?」

 真夏がタンスの前でワンピースを手に長い間座り込んでいた紫遥に、後ろから不安そうに声をかけた。

「ちょっと疲れちゃったみたい。けど、大丈夫だよ」

 紫遥はそう言って、母のワンピースを元通り丁寧に畳み、タンスの奥に仕舞い込んだ。
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