初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 だけど、もし、あの男が紫遥の大事な人だったら?そう思って必死に自分を抑えたが、気になって紫遥から視線を外せなかった。

 
 だからこそ気付いたのだ。遠目からでもわかるほど、紫遥の顔はひどく強張っており、好きな男に抱きしめられている女の顔とは程遠かった。

 紫遥は男の背中に腕を回すわけでもなく、両腕はダランと垂れ下がり、人形のようにされるがままになっていた。

 それに気付いた瞬間、湊の足は紫遥たちの方にむかっていたのだ。



 篠原を追い返した後に紫遥から話を聞いて、なぜもっと早く助けにいかなかったのか、なぜ篠原を一発ぶん殴ってやらなかったのか、なぜ「俺の恋人に何してるんだ!」くらいの牽制をしなかったのか、ひどく後悔した。

 だからこそ、紫遥がこれ以上危険な目に遭わないよう、自分の見える範囲に紫遥を留めておくために、必死だった。

そのために、紫遥の遠慮がちな性格を考え、わざと冷たい言い方をしたのだ。断れば自分にもっと迷惑がかかる、そう言えば、紫遥も断りづらくなるだろう。その作戦がうまくいったことだけは、自分自身を褒めてあげたい。


 
 湊は少し離れた場所で、タクシーのヘッドライトが光っているのに気づいた。二人を呼びに行くため、一段飛ばしでアパートの階段を登る。湊の顔はこれからの生活を思って、緩んでいた。
 
 その打算的な思いによって、紫遥の心はより厚い壁を作ることになったとは知らずに。
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