意地悪で不愛想で気まぐれだけど大好きなあなたに、おとぎ話が終わっても解けない魔法を
「ルウェリン中将、それはこちらの台詞だ。お前はいま、誰に手をかけようとしている?」
どこからともなく姿を現わしたノクターンが、地を這うような低い声で答えた。
「ひ、ひいっ!」
翠玉のような瞳に込められたの剣吞さに気圧され、ルウェリン中将がリーゼから飛び退く。
「お、おい! 外にいた奴らはどうした?! どうして中に入ってこれた?!」
「どうしてだって? 俺が全員捻り潰したからに決まっているだろ?」
ノクターンは挑発するように鼻で笑った。
「いますぐにでも殺してやりたいところだが、情報を吐きつくすまでは生かしてやろう」
「くそっ! 誰に向かってそんな偉そうな口を聞いている!」
自分より下の位の若者からバカにされたと腹が立ったのだろう。
激高したルウェリン中将が懐から銃を取り出してノクターンに向けた。
――パアン。
乾いた音が倉庫内に響く。
死を連想させる音に身が震えあがり、リーゼの頭の中が真っ白になる。
「ノクターン!」
声を枯らしながら名前を呼ぶと、ノクターンは悠然とリーゼに微笑みかけ、足元を指差した。
目を凝らして示された場所を見てみると、弾丸が落ちている。
まるで目に見えない壁に弾かれたかのように、先が潰れた状態で転がっているのだ。
「掠ってもないから安心しろ」
「無事で良かったけど……どうなっているの?」
「こういうことだ」
そう言い、ノクターンが指を中に向けて呪文を唱えると、銃は熱に触れたかのようにドロリと溶けて形を失った。
――魔法だ。
「ひえっ!」
ルウェリン中将は慌てて銃を手放し、地面に落ちた銃だった物体を見て戦慄く。
「お、お前が魔法使いなのか!」
「その話は後だ」
話をバッサリと遮ったノクターンが、今度は手を振りかざして呪文を唱える。
一瞬にしてルウェリン中将の体が硬直し、地面に倒れた。
「こ、殺される!」
「逃げろ!」
ノクターンの魔法に慄いた誘拐犯たちが逃げようとしたが漏れなく魔法にかけられ、手も足も動かせない状態で地面に転がされる。
「魔法ってすげぇ」
生れて初めて見る魔法に魅せられたエディが感嘆の声を上げた。
呪文と手の動きに合わせ、目に見えない力が作用していとも簡単に大人の男性を制圧してしまう。
この力が奇跡と呼ばれた所以がわかったような気がした。
「助けに来るのが遅くなってすまない」
ノクターンはリーゼとエディを拘束していた縄を解いてくれた。
手足が自由になったリーゼはノクターンに抱き着いて顔を埋め、シダーウッドの香りを深く吸い込む。
ここが世界で一番安全で、安心できる場所。
そんな身近な存在が『奇跡』の使い手であるなんて、魔法を見せられたのにもかかわらずまだ信じられない。
(だけど、私の髪の色を変えていたのも、ブレスレットが私を守ってくれるように魔法をかけたのも、ノクターンなんだよね?)
新月の夜を気にしていたのも、魔法の力が弱まることを危惧していたからだろう。
魔法を信じていないと、魔法使いはこの土地から消えたと、言っていたくせに。
その本人が魔法使いだなんて、誰が想像できるだろうか。
リーゼは顔を上げ、愛おしい嘘吐きに向かって微笑む。
「ううん。遠征を中断してまで助けに来てくれてありがとう。でも、どうして私たちが誘拐されているってわかったの?」
安心したためか、リーゼの目から涙が零れて頬を伝う。
「ジーン・オブライトと協力者たちが知らせてくれたんだ」
ノクターンは壊れ物に触れるように指先でそっとリーゼの涙を拭うと、振り返ってルウェリン中将を睨みつけた。
ただでさえ鋭い目つきであるノクターンの、怒りを滲ませたひと睨みは形容し難いほどの気迫がある。
「ルウェリン中将、誘拐罪によりお前を連行する。余罪もすぐに叩きつけてやるから覚悟しておけ」
「はははっ! 私が誘拐した証拠もないのに、誰がお前の言葉を信じる?! 私は居合わせただけだと言ったらみんな信じるだろうよ」
「これまでのお前の言動が証拠だ。リーゼたちがここに連れて来られてからずっと証人たちが見ていたのに気づかなかったのか?」
「――っ、そ、そんなバカな!」
「おい、そろそろ入ってこい」
ノクターンが外に向かって呼びかけると、許しを得たと言わんばかりに倉庫の扉が開き、ワルツが先陣を切って中に入ってきた。
彼女に続き、リーゼとチェスをしてくれたおじいさんと国民議会議長、そしてジーンとストレーシス国軍の軍人たちが現れる。
「総帥にオブライト殿……ど、どうしてここへ?」
(えっ?! 総帥?!)
リーゼはチェスをしてくれたおじいさんが漆黒の軍服を着ていることに気づいた。
その胸元にはいくつもの勲章がついており、いかにも軍の高官らしい装いだ。
(式典で見かけた時とは雰囲気が違ったから気づけなかった……!)
総帥とは気づかずに接してしまったことを後悔するのだった。
一方で、チェスをしてくれたおじいさん――総帥は、床に転がっているルウェリン中将の哀れな姿を見て溜息をついた。
「君の悪事を止めるために水面下で彼らと結託したのだよ。君が戦争や亡霊や旧王族を隠れ蓑にするものだから、尻尾を掴むのに苦労したねぇ」
「悪事だと?! 私はこの国をより強くするためにしているのだぞ! お前がいつまで経っても国名を変えず、戦争を仕掛けようとしないから俺が代わりに動いてやっているのだ!」
「ふむ。自分の行いが正義だと? 己の罪を主君に被せ、無辜の民たちを屠り、敵国にこの国を売ろうとしたその行いのどこが正義と言えよう?」
「い、いったいなんのことを言っている?!」
ルウェリン中将は体の自由が利かないためか、口が良く動いた。
自分の行いは正しい、自分こそがこの国の頂点に立つべき人間だと喚き始める。
総帥たちが呆れ果てたような表情で見守る中、ノクターンがルウェリン中将の顔のすぐ近くに軍刀を突き立てて黙らせた。
「御託は結構だ。お前の正義なんてどうでもいいから先ほどの話の続きをしようか」
緑色の瞳が爛々と光っている。
まるで獲物を前にした猛獣のようで、ルウェリン中将を捕らえて喰い殺しそうなほどの獰猛さを孕んでいる。
「知っているか? 魔法使いの師弟関係は親と子以上に強い絆で結ばれているんだ。だから師を殺された弟子は仇を討つまで虎視眈々と敵の命を狙っている」
「私がお前の師を殺したとでも言いたいのか?!」
「そうだ。十七年前に殺しただろう? ――王妃殿下を、<錬金術師>たちに生贄として売るために!」
美しい猛獣の、悲痛な叫びが倉庫中に響く。
「な、なにを言っている! あれは王族が落ちぶれたから国民たちを守るためにしかたがなく殺すしかなかったのだ! それに、本当に王妃を手にかけたのは総帥だ! 王妃を殺して城に火を放って焼き尽くしたのは、そこにいる総帥だぞ!」
ルウェリン中将はじっとりとした脂汗をかきながらも反論した。
両者が睨み合っていると、総帥が「そうだ」と口を挟んだ。
「私が国王陛下と王妃殿下を殺め、遺体を錬金術の生贄にされないよう火を放ち、お二人が灰になるのを見届けなければならなかった。すべては、お二人から託された筋書き――君の企み事を防いでこの国を共和制にし、国民が身分関係なく政治に関与できる国へと変えるために」
じきに国軍は政治から退き、その座を国民議会に譲るのだとも付け加えた。
騎士団が王族に反旗を翻して国軍となり国の頂点に君臨していたのは、共和制に移行するための足掛かりに過ぎないのだという。
だから総帥はこの十七年もの間、国名からストレーシスの名を消さなかった。
この国が国王と王妃が望んだ姿になるまでは、新しい国になったのだと認めたくなかったのだ。
「十七年前、国王陛下と王妃殿下を殺害してこの国を乗っ取るという君の計画を知った国王陛下は、君の目を欺くために手を組むよう私に命令なさった。そして暴動の日に、自分と妻を殺めろ、と」
全ては最悪の事態を防ぎ、国民たちが前に進めるようこの国を変えるために。
国王と王妃は進んで嫌われ役を演じ、自分たちの命を投じて王政を終わらせた。
――しかしそれは彼らが遺したの命令の、ほんの序章に過ぎなかった。
「死してなお主君のありもしない悪い噂が流されているのに私は正すことができず、己の口からも主君を批判する言葉を吐かねばならず、何度も心を殺した」
「う、嘘だ! その命令とやらの証拠はあるのか?!」
「あるとも。スタイナー大佐も国王陛下から聞かされているのだからな。いわば証人だ」
「な、なんだと……! 十七年前のこの男など、ただのガキではないか!」
ルウェリン中将は衝撃の事実に目を白黒させた。
というのも、ノクターン・スタイナーは旧貴族家出身でも上流階級の出身でもない出自の男だ。
それなのに騎士団に所属していた自分より国王に頼られている理由がわからなかった。
「王妃殿下から魔法を学んだスタイナー大佐は、国王陛下から信頼されていたのだよ」
「そうか、魔法か……こいつは魔法が使えるから国王に目をかけてもらっていたのか。魔法が使えるから信頼され、魔法が使えるというだけで優遇されていたのか……!」
かつて魔法が使えないという理由だけで弟に次期当主の座を奪われた過去が蘇り、ぎりぎりと歯噛みする。
「はっ。魔法なんてなくても強さは手に入れられる。私ならあの軟弱な国王よりも弱腰の総帥よりもこの国を強くできる!」
嫉妬と虚勢にまみれた言葉はどれほど重ねられても軽薄なままで。
話し手にも聞き手にも、虚しさしか残らない。
「君にはわからないだろう。国王陛下と王妃殿下がどれだけ国民のために心血を注ぎ、尽くしてきたのかを」
それなのに、と総帥は言葉を続ける。
「君は私利私欲を満たすために魔法使いを誘拐して殺させ、ありもしない噂を流してその罪をあのお方たちに被せて国民の反王政感情を煽った。その罪、命をもって償いたまえ」
「ふ、ふん! いまさら王政時代に私がしていたことをどうやって証明するつもりだ?!」
「拘束した<錬金術師>が王政時代からの君の罪状を吐いた。証拠品の押収もできている。もう逃れられぬぞ」
静かな怒りが、総帥の声から滲み出ている。
これまでに押し殺してきた怒りが、心の蓋から零れ出ているかのように。
「ルウェリン中将と人買いどもを連行しろ! 地下牢に入れて鎖で繋げ!」
「はっ!」
軍人たちはきびきびとした動きでルウェリン中将たちを連れて倉庫を出ていった。
倉庫に残されたのはリーゼとノクターンに、エディとジーン、そして総帥と国民議会議長と猫のワルツに、ミラー医務官だ。
ミラー医務官はエディの手当てをしている。
「リーゼさん――いや、エルネス王女殿下。証拠を押さえるためとはいえ、危険な目に遭っているあなたを遠くから見ていた私をお許しください」
「王女……」
リーゼがか細い声でオウム返しする。
国民に嫌われていた王族の末裔。
その立場を受け入れられないでいるリーゼに、総帥は優しく微笑みかける。
「さて、そろそろ本当のことをお伝えしなければなりませんね。あなたが何者であり、十七年前になにがあったのかを」
どこからともなく姿を現わしたノクターンが、地を這うような低い声で答えた。
「ひ、ひいっ!」
翠玉のような瞳に込められたの剣吞さに気圧され、ルウェリン中将がリーゼから飛び退く。
「お、おい! 外にいた奴らはどうした?! どうして中に入ってこれた?!」
「どうしてだって? 俺が全員捻り潰したからに決まっているだろ?」
ノクターンは挑発するように鼻で笑った。
「いますぐにでも殺してやりたいところだが、情報を吐きつくすまでは生かしてやろう」
「くそっ! 誰に向かってそんな偉そうな口を聞いている!」
自分より下の位の若者からバカにされたと腹が立ったのだろう。
激高したルウェリン中将が懐から銃を取り出してノクターンに向けた。
――パアン。
乾いた音が倉庫内に響く。
死を連想させる音に身が震えあがり、リーゼの頭の中が真っ白になる。
「ノクターン!」
声を枯らしながら名前を呼ぶと、ノクターンは悠然とリーゼに微笑みかけ、足元を指差した。
目を凝らして示された場所を見てみると、弾丸が落ちている。
まるで目に見えない壁に弾かれたかのように、先が潰れた状態で転がっているのだ。
「掠ってもないから安心しろ」
「無事で良かったけど……どうなっているの?」
「こういうことだ」
そう言い、ノクターンが指を中に向けて呪文を唱えると、銃は熱に触れたかのようにドロリと溶けて形を失った。
――魔法だ。
「ひえっ!」
ルウェリン中将は慌てて銃を手放し、地面に落ちた銃だった物体を見て戦慄く。
「お、お前が魔法使いなのか!」
「その話は後だ」
話をバッサリと遮ったノクターンが、今度は手を振りかざして呪文を唱える。
一瞬にしてルウェリン中将の体が硬直し、地面に倒れた。
「こ、殺される!」
「逃げろ!」
ノクターンの魔法に慄いた誘拐犯たちが逃げようとしたが漏れなく魔法にかけられ、手も足も動かせない状態で地面に転がされる。
「魔法ってすげぇ」
生れて初めて見る魔法に魅せられたエディが感嘆の声を上げた。
呪文と手の動きに合わせ、目に見えない力が作用していとも簡単に大人の男性を制圧してしまう。
この力が奇跡と呼ばれた所以がわかったような気がした。
「助けに来るのが遅くなってすまない」
ノクターンはリーゼとエディを拘束していた縄を解いてくれた。
手足が自由になったリーゼはノクターンに抱き着いて顔を埋め、シダーウッドの香りを深く吸い込む。
ここが世界で一番安全で、安心できる場所。
そんな身近な存在が『奇跡』の使い手であるなんて、魔法を見せられたのにもかかわらずまだ信じられない。
(だけど、私の髪の色を変えていたのも、ブレスレットが私を守ってくれるように魔法をかけたのも、ノクターンなんだよね?)
新月の夜を気にしていたのも、魔法の力が弱まることを危惧していたからだろう。
魔法を信じていないと、魔法使いはこの土地から消えたと、言っていたくせに。
その本人が魔法使いだなんて、誰が想像できるだろうか。
リーゼは顔を上げ、愛おしい嘘吐きに向かって微笑む。
「ううん。遠征を中断してまで助けに来てくれてありがとう。でも、どうして私たちが誘拐されているってわかったの?」
安心したためか、リーゼの目から涙が零れて頬を伝う。
「ジーン・オブライトと協力者たちが知らせてくれたんだ」
ノクターンは壊れ物に触れるように指先でそっとリーゼの涙を拭うと、振り返ってルウェリン中将を睨みつけた。
ただでさえ鋭い目つきであるノクターンの、怒りを滲ませたひと睨みは形容し難いほどの気迫がある。
「ルウェリン中将、誘拐罪によりお前を連行する。余罪もすぐに叩きつけてやるから覚悟しておけ」
「はははっ! 私が誘拐した証拠もないのに、誰がお前の言葉を信じる?! 私は居合わせただけだと言ったらみんな信じるだろうよ」
「これまでのお前の言動が証拠だ。リーゼたちがここに連れて来られてからずっと証人たちが見ていたのに気づかなかったのか?」
「――っ、そ、そんなバカな!」
「おい、そろそろ入ってこい」
ノクターンが外に向かって呼びかけると、許しを得たと言わんばかりに倉庫の扉が開き、ワルツが先陣を切って中に入ってきた。
彼女に続き、リーゼとチェスをしてくれたおじいさんと国民議会議長、そしてジーンとストレーシス国軍の軍人たちが現れる。
「総帥にオブライト殿……ど、どうしてここへ?」
(えっ?! 総帥?!)
リーゼはチェスをしてくれたおじいさんが漆黒の軍服を着ていることに気づいた。
その胸元にはいくつもの勲章がついており、いかにも軍の高官らしい装いだ。
(式典で見かけた時とは雰囲気が違ったから気づけなかった……!)
総帥とは気づかずに接してしまったことを後悔するのだった。
一方で、チェスをしてくれたおじいさん――総帥は、床に転がっているルウェリン中将の哀れな姿を見て溜息をついた。
「君の悪事を止めるために水面下で彼らと結託したのだよ。君が戦争や亡霊や旧王族を隠れ蓑にするものだから、尻尾を掴むのに苦労したねぇ」
「悪事だと?! 私はこの国をより強くするためにしているのだぞ! お前がいつまで経っても国名を変えず、戦争を仕掛けようとしないから俺が代わりに動いてやっているのだ!」
「ふむ。自分の行いが正義だと? 己の罪を主君に被せ、無辜の民たちを屠り、敵国にこの国を売ろうとしたその行いのどこが正義と言えよう?」
「い、いったいなんのことを言っている?!」
ルウェリン中将は体の自由が利かないためか、口が良く動いた。
自分の行いは正しい、自分こそがこの国の頂点に立つべき人間だと喚き始める。
総帥たちが呆れ果てたような表情で見守る中、ノクターンがルウェリン中将の顔のすぐ近くに軍刀を突き立てて黙らせた。
「御託は結構だ。お前の正義なんてどうでもいいから先ほどの話の続きをしようか」
緑色の瞳が爛々と光っている。
まるで獲物を前にした猛獣のようで、ルウェリン中将を捕らえて喰い殺しそうなほどの獰猛さを孕んでいる。
「知っているか? 魔法使いの師弟関係は親と子以上に強い絆で結ばれているんだ。だから師を殺された弟子は仇を討つまで虎視眈々と敵の命を狙っている」
「私がお前の師を殺したとでも言いたいのか?!」
「そうだ。十七年前に殺しただろう? ――王妃殿下を、<錬金術師>たちに生贄として売るために!」
美しい猛獣の、悲痛な叫びが倉庫中に響く。
「な、なにを言っている! あれは王族が落ちぶれたから国民たちを守るためにしかたがなく殺すしかなかったのだ! それに、本当に王妃を手にかけたのは総帥だ! 王妃を殺して城に火を放って焼き尽くしたのは、そこにいる総帥だぞ!」
ルウェリン中将はじっとりとした脂汗をかきながらも反論した。
両者が睨み合っていると、総帥が「そうだ」と口を挟んだ。
「私が国王陛下と王妃殿下を殺め、遺体を錬金術の生贄にされないよう火を放ち、お二人が灰になるのを見届けなければならなかった。すべては、お二人から託された筋書き――君の企み事を防いでこの国を共和制にし、国民が身分関係なく政治に関与できる国へと変えるために」
じきに国軍は政治から退き、その座を国民議会に譲るのだとも付け加えた。
騎士団が王族に反旗を翻して国軍となり国の頂点に君臨していたのは、共和制に移行するための足掛かりに過ぎないのだという。
だから総帥はこの十七年もの間、国名からストレーシスの名を消さなかった。
この国が国王と王妃が望んだ姿になるまでは、新しい国になったのだと認めたくなかったのだ。
「十七年前、国王陛下と王妃殿下を殺害してこの国を乗っ取るという君の計画を知った国王陛下は、君の目を欺くために手を組むよう私に命令なさった。そして暴動の日に、自分と妻を殺めろ、と」
全ては最悪の事態を防ぎ、国民たちが前に進めるようこの国を変えるために。
国王と王妃は進んで嫌われ役を演じ、自分たちの命を投じて王政を終わらせた。
――しかしそれは彼らが遺したの命令の、ほんの序章に過ぎなかった。
「死してなお主君のありもしない悪い噂が流されているのに私は正すことができず、己の口からも主君を批判する言葉を吐かねばならず、何度も心を殺した」
「う、嘘だ! その命令とやらの証拠はあるのか?!」
「あるとも。スタイナー大佐も国王陛下から聞かされているのだからな。いわば証人だ」
「な、なんだと……! 十七年前のこの男など、ただのガキではないか!」
ルウェリン中将は衝撃の事実に目を白黒させた。
というのも、ノクターン・スタイナーは旧貴族家出身でも上流階級の出身でもない出自の男だ。
それなのに騎士団に所属していた自分より国王に頼られている理由がわからなかった。
「王妃殿下から魔法を学んだスタイナー大佐は、国王陛下から信頼されていたのだよ」
「そうか、魔法か……こいつは魔法が使えるから国王に目をかけてもらっていたのか。魔法が使えるから信頼され、魔法が使えるというだけで優遇されていたのか……!」
かつて魔法が使えないという理由だけで弟に次期当主の座を奪われた過去が蘇り、ぎりぎりと歯噛みする。
「はっ。魔法なんてなくても強さは手に入れられる。私ならあの軟弱な国王よりも弱腰の総帥よりもこの国を強くできる!」
嫉妬と虚勢にまみれた言葉はどれほど重ねられても軽薄なままで。
話し手にも聞き手にも、虚しさしか残らない。
「君にはわからないだろう。国王陛下と王妃殿下がどれだけ国民のために心血を注ぎ、尽くしてきたのかを」
それなのに、と総帥は言葉を続ける。
「君は私利私欲を満たすために魔法使いを誘拐して殺させ、ありもしない噂を流してその罪をあのお方たちに被せて国民の反王政感情を煽った。その罪、命をもって償いたまえ」
「ふ、ふん! いまさら王政時代に私がしていたことをどうやって証明するつもりだ?!」
「拘束した<錬金術師>が王政時代からの君の罪状を吐いた。証拠品の押収もできている。もう逃れられぬぞ」
静かな怒りが、総帥の声から滲み出ている。
これまでに押し殺してきた怒りが、心の蓋から零れ出ているかのように。
「ルウェリン中将と人買いどもを連行しろ! 地下牢に入れて鎖で繋げ!」
「はっ!」
軍人たちはきびきびとした動きでルウェリン中将たちを連れて倉庫を出ていった。
倉庫に残されたのはリーゼとノクターンに、エディとジーン、そして総帥と国民議会議長と猫のワルツに、ミラー医務官だ。
ミラー医務官はエディの手当てをしている。
「リーゼさん――いや、エルネス王女殿下。証拠を押さえるためとはいえ、危険な目に遭っているあなたを遠くから見ていた私をお許しください」
「王女……」
リーゼがか細い声でオウム返しする。
国民に嫌われていた王族の末裔。
その立場を受け入れられないでいるリーゼに、総帥は優しく微笑みかける。
「さて、そろそろ本当のことをお伝えしなければなりませんね。あなたが何者であり、十七年前になにがあったのかを」