社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】

12 ガラスの小瓶③【ファルトン伯爵(セレナの父)視点】

 執務室の扉がノックされた。

「入れ」

 静かに扉が開き、娘のマリンに付けている専属メイドが入ってくる。

「マリンに何かあったのか?」

 専属メイドは、おずおずとガラスの小瓶を私の執務机に置いた。

「これは……」
「マリンお嬢様が、伯爵様不在のときに、すり替えていました」

 すり替えたと言われて、私はあわてて執務机の引き出しを開けた。そこには厳重に鍵をかけた小箱が入っている。

 隠していた鍵を取り出し中身を確認すると、中には似たようなガラスの小瓶が入っていた。フタを開けて匂いを嗅いでも何も匂わない。

「それはお嬢様が準備した偽物です。本物はこちらです」

 メイドが持ってきた小瓶のフタを開けると、かすかに薬の匂いがした。こちらが本物で間違いない。

 暗殺者が使う無味無臭の毒は、銀食器に反応してばれてしまう。しかし、この毒は多少匂いがするものの、銀食器に反応が出ない。

 この貴重な毒を手に入れるために、私がどれほどの時間とお金を費やしたか。

 これがもっと早く手に入れば、私は愛する人を悲しませずに済んだものを。

 私は父のせいで愛する人と結婚できずに、父が連れてきた爵位目当ての女と結婚させられた。

 父に媚薬を盛られて無理やり、あの女と子どもまで作らされた。生まれてきた子どもは、あの女そっくりだった。憎い女が産んだ子どもなど、可愛いと思えるはずがない。

 私には心の底から愛した女性がいた。彼女を幸せにすることが私の生きる目的だった。その願いは無残にも壊された。だから、父とあの女を殺すと決めた。

 やっとの思いで手に入れたこの毒を、その当時のファルトン伯爵家当主であった父の食事に、毎日一滴ずつ混ぜた。毒入りだと気がつかずに、少しずつ衰弱していく父の姿は滑稽(こっけい)だった。

 父が意識不明になると、父が連れてきた女の食事にも一滴ずつ混ぜた。本当は二人同時に始末してしまいたかったが、父に怪しまれるかと思い、わざわざ時期をずらした。

 そのおかげで、父が亡くなると、女も後を追うように亡くなった。

 あのときほど、清々しい気分になったことはない。

 女は裕福な子爵家の娘だったらしい。結婚のときの持参金の多さに父が満足していたことを覚えている。しかし、結婚後、女の両親が事故で亡くなり、子爵家は親族の手に渡ったようで、女は実家との縁が切れていた。だから、女が死んでも女の親族は葬式にすら顔を出さなかった。

 残された娘セレナのことで、女の親族が何か言ってくるかと思ったが、杞憂(きゆう)に終わった。

 この毒を手に入れるために、莫大な金がかかってしまっている。だから、あの女の娘セレナはマリンが結婚するまで手元に置いて利用し、その後は、金払いが良い貴族の後妻として売ることに決めていた。

 買い手の貴族に悪いウワサがあっても知ったことではない。あの女の罪は、娘が償えばいい。

 私の娘は愛する人との間にできたマリンだけだ。

 幼かったマリンもようやく社交界デビューできた。大人になれば、裏の事情も知っておいたほうが良いと思い、毒のことを話したが、純粋なマリンにはまだ早かったようだ。

 毒をすり替えて持ち出すなんて、イタズラがすぎる。だが、そんな無邪気なマリンを補うために専属メイドをつけている。このメイドがマリンを支えればいい。

 そのために、わざわざ下級貴族の娘なんかに大金を払って雇ってやっているのだから。

 マリンには、愛する人と幸せになってほしい。もちろん、できれば婿養子をとって、マリンにファルトン伯爵家を継いでほしいが、嫁に行っても仕方がないと思っている。そのときは、マリンの子どもを養子にもらってファルトン家を継がせるつもりだ。

 そのマリンの愛する相手がバルゴア令息なら、さらに良い。

 都合が良いことに、セレナがケガをして、バルゴア令息と繋がりができた。これを利用しない手はない。

 バルゴア令息がマリンを気に入れば、それは二人にとって最高の幸せになるだろう。

 マリンの幸せが私の幸せでもある。

「伯爵様……」

 マリンの専属メイドに声をかけられた。まだいたのか。

 メイドはうつむきながら、「あの」と言う。

 ああ、そうだった。マリンをうまく補佐できれば、追加で金を払ってやると言っていたことを思い出す。

 私は袋の中に入っている銀貨を数枚掴むと、床に投げ捨てた。

 専属メイドは、床に這いつくばり、散らばる銀貨を必死に拾い集める。

 すべて拾い終わると、メイドは一礼して去っていった。

 哀れなものだ。マリンには一生お金の苦労をさせたくない。そのためにも、マリンを確実に守ってくれる結婚相手が必要だった。

「セレナが迷惑をかけた詫びとして、当家でパーティーを開いてバルゴア令息を誘うか」

 そのパーティーが、マリンとバルゴア令息の運命の出会いの場になるかもしれない。

「たまには、あの女の娘も役に立つものだな」

 セレナを使い潰してから、最高の金額で売り払う。それが叶ったとき、私の復讐はようやく終わりを告げる。
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