社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】
16 コニーと私の未来
ターチェ伯爵夫人が「セレナさんを着飾るわよ」と張り切ってから、私はターチェ家のメイドに良く囲まれるようになった。
今も全身鏡の前に座らされて、いろんなドレスを当てられている。
実際にドレスを着るのは、ケガをした腕に負担がかかるだろうということで、色合いや雰囲気だけを確認していた。
夫人が「やっぱり淡い色かしら?」とつぶやくと、メイド長が「でも、あえて濃い色もお似合いですよ」と提案する。
「私はセレナお嬢様に初めてお会いしたときのような、大人っぽいドレスもお似合いだと思います」
そう言うメイド長は、今思えば私が社交界の毒婦と呼ばれる格好をしていたときからほめてくれていた。ああいう格好が良いと思ってくれる人もいるのねと不思議な気分になる。
夫人は、白いドレスと赤いドレスを交互に見比べて「でも、あまり男慣れしていそうだと、エスコートするリオが悪い女に騙されている感出ないかしら?」と眉をひそめた。
夫人の言葉にメイド長は、なるほどと言いたそうに小さくうなずく。
「では、清楚な中に大人っぽい上品さを入れて……」
私が口をはさむのをためらってしまうくらい夫人もメイド長も真剣だった。
このドレス決めは長くかかりそうね。
ふと、全身鏡を見ると、コニーの姿が映っていた。私からだいぶ離れた場所で、うつむきながら一人で所在なさげにしている。
「コニー?」
私が声をかけるとハッと顔を上げて、大きく頭を下げると部屋の外へ飛び出してしまう。一瞬、見えたコニーの顔が今にも泣きだしそうだった。
「すみません、少し出てきます」
夫人にそう伝えると私はあわててコニーを追いかけた。
コニーの足はとても速い。すぐに見失ってしまい、邸宅内をウロウロしていると話し声が聞こえてきた。
声のほうに歩いていくと、庭園のすみっこで膝を抱えて地面に座り込んでいるコニーの後ろ姿が見えた。
私が声をかけようとしたそのとき、急に左手首をつかまれて私は「ひっ」と悲鳴を上げる。振り返るとリオ様が「すみません!」とあわてていた。
「リオ様、驚くので急にふれるのは、やめてくださいと……」
「すみません、本当にすみません!」
リオ様は「こっちです」と私の手を引く。
言われるままについていくと、そこからはコニーとエディ様の姿が見えた。自分の膝に顔をうずめているコニーを、腕を組んだエディ様が見下ろしている。ここからでは、コニーがエディ様に怒られているように見える。戸惑った私がリオ様を見ると、リオ様は人差し指を立てて「静かに」とささやいた。
コニーの声が聞こえてくる。
「セレナお嬢様が、たくさんの人に囲まれて大切にされていて、とても嬉しいんだ。でも……」
その声はふるえていた。
「でも……ずっと、お嬢様の側にいて守るのがあたしの役目だったのに。今ではちゃんとした貴族のメイドがたくさんいるし、誰もお嬢様を傷つけない。もう、孤児院出のあたしはお嬢様には必要ないんだ。それが、すごく悲しい……」
「おい、狂犬メイド」
「なんだよ! いいよな、お前は護衛騎士だから! 大好きな人とずっと一緒にいられて」
「気持ちわりぃ言い方すんな!」
頭をガシガシとかいたエディ様は、コニーの前にしゃがみこんだ。
「いっとくが、俺も平民だぞ」
「は? でも、お前どこにでもついて行ってるだろ?」
コニーの疑問はもっともで、平民では入れない場所が多くある。
「俺はな、騎士階級の士爵(ししゃく)位を授かっている平民なんだよ。この国では、騎士の試験に受かると平民でも貴族の末端に入れる。まぁ、この爵位は俺で終わりで、後を継がせることはできないけどな」
「それって、騎士になれば、あたしでも貴族になれるってことか?」
「そうだ。貴族っつっても本当の貴族とは違うが、少なくとも仕える主(あるじ)に付いて、平民が入れない場所にでも入れるようになる」
コニーの顔が輝いた。
「じゃあ、あたしも!」
「いや、王都では女性は騎士になれない。つーか、王都で騎士になれるのは、貴族か貴族の後ろ盾がある平民だけだ」
「……なんだよ、それ……」
再びうつむいてしまったコニーの頭に、エディ様がポンッと手を乗せた。
「話は最後まで聞け。『王都では』っつっただろ。王都では無理だが、バルゴア領なら平民でも女性でも誰でも騎士になれる。うちは、完全な実力主義だからな」
「じゃあ、あたしでも?」
「ああ、お前が騎士の試験に受かるほど強ければな」
「じゃあなる! あたし、強くなってバルゴアで騎士になる! そんで、セレナお嬢様の護衛騎士になってずっとお嬢様と一緒にいる!」
コニーは勢いよく立ち上がった。
「なぁ強くなるにはどうしたらいい!? 教えてくれ!」
「うーん、じゃあ、お前を俺の見習い騎士にしてやるよ」
「なんだそれ?」
「ようするに俺の弟子だ」
「わかった、今日からお前があたしの師匠ってことだな!」
「そういうことだ」
「じゃあ、今から教えろ! いや、教えてくださいエディ師匠!」
「……お前、けっこう見込みあるな」
そんな会話をしながら、コニーとエディは歩き去った。
二人の姿が見えなくなってから、私は大きく息を吐いた。コニーをあんなに悲しませていたなんて……。自分が情けなくなってしまう。
リオ様は、私の左手首をつかんだままだったことに気がついたのか「あっ」と言いながら手を離した。
「リオ様は、こうなることがわかっていたのですか?」
私の質問にリオ様は首をふる。
「いいえ、でも、エディならうまくやるだろうと思っていました。あいつ、ああ見えて五人兄弟の長男で、ものすごく面倒見が良いんです」
「そうなのですね……。その、バルゴアで騎士になるって大変なのでしょうか?」
もしコニーがつらいめに遭(あ)うのなら、騎士になんてならなくていい。
私のケガが治ったら今の生活も終わりで、またコニーとの二人暮らしが始まるのだから。そのことをちゃんとコニーに伝えておけば良かったと反省してしまう。
落ち込む私に、リオ様は「コニーなら大丈夫ですよ。彼女は良い護衛騎士になる」と、はっきりきっぱりと言い切った。
不思議だけど、リオ様が言うならそうなんだろうと思える。この人は信頼できる人だから。
コニーがバルゴアで騎士になるなら、私もバルゴアについていって、そこで仕事を探そう。先のことを考えるのが、こんなに楽しいだなんて、すっかり忘れていた。
こんな気持ちになれるのは、リオ様やターチェ伯爵夫妻が助けてくれたおかげね。
私はなんだか嬉しくなってしまい、少しだけふざけてリオ様の手をつかんだ。
「わっ!?」と驚くリオ様に、「ね? 急にふれられると怖いでしょう?」と微笑みかける。
コクコクうなずいたリオ様の顔は真っ赤だった。
「お、驚きました」
そう言いながら、リオ様の手がなぜか私の手をぎゅっと握る。
「なんだか息苦しいし、胸がしめつけられるように痛いです」
本当に苦しそうなリオ様を見て、「何か持病があるのですか?」と心配になった。
「ないです、というか病気になったことがないです」
「そ、それはすごいですね……」
耳まで赤くなったリオ様は、うるんだ瞳で「セレナ嬢」と私の名前を呼んだ。つないだ手は、熱があるかのように熱い。
「もしかして、リオ様って……」
私のことが好きなのですか?
一瞬浮かんだその言葉は、現実味がなさすぎて笑ってしまう。
リオ様は、王都中の令嬢の中から自由に選んで妻に迎えることができる。そんな人に私が選ばれるはずがない。
私はいつも可愛げがないと言われてきた。どうせ妻に迎えるなら、誰だって可愛い女性のほうが良い。
きっとリオ様は、王都の男性のように女性に慣れていなくて、緊張しているだけね。そういえば、夜会でもたくさんの女性に囲まれて困っていたっけ。
「リオ様って女性が苦手なのですか?」
「そんなことは、ないと思うんですが……」
繋いでいる手を動かして、リオ様の指の間に私の指をからませると、リオ様からは「ううっ」と情けない声が漏れた。
「苦手のようですね」
「か、かもしれません……」
「では、私で練習してください」
紫色の瞳が大きく見開いて、私を見ている。
「練習、ですか? 何の?」
「だから、王都の女性をエスコートする練習です。私で女性慣れしてください。リオ様にはお世話になってばかりなので、ようやくお役に立てそうなことができて嬉しいです」
ニコリと微笑みかけると、真っ赤なリオ様は無言でコクリとうなずいた。
今も全身鏡の前に座らされて、いろんなドレスを当てられている。
実際にドレスを着るのは、ケガをした腕に負担がかかるだろうということで、色合いや雰囲気だけを確認していた。
夫人が「やっぱり淡い色かしら?」とつぶやくと、メイド長が「でも、あえて濃い色もお似合いですよ」と提案する。
「私はセレナお嬢様に初めてお会いしたときのような、大人っぽいドレスもお似合いだと思います」
そう言うメイド長は、今思えば私が社交界の毒婦と呼ばれる格好をしていたときからほめてくれていた。ああいう格好が良いと思ってくれる人もいるのねと不思議な気分になる。
夫人は、白いドレスと赤いドレスを交互に見比べて「でも、あまり男慣れしていそうだと、エスコートするリオが悪い女に騙されている感出ないかしら?」と眉をひそめた。
夫人の言葉にメイド長は、なるほどと言いたそうに小さくうなずく。
「では、清楚な中に大人っぽい上品さを入れて……」
私が口をはさむのをためらってしまうくらい夫人もメイド長も真剣だった。
このドレス決めは長くかかりそうね。
ふと、全身鏡を見ると、コニーの姿が映っていた。私からだいぶ離れた場所で、うつむきながら一人で所在なさげにしている。
「コニー?」
私が声をかけるとハッと顔を上げて、大きく頭を下げると部屋の外へ飛び出してしまう。一瞬、見えたコニーの顔が今にも泣きだしそうだった。
「すみません、少し出てきます」
夫人にそう伝えると私はあわててコニーを追いかけた。
コニーの足はとても速い。すぐに見失ってしまい、邸宅内をウロウロしていると話し声が聞こえてきた。
声のほうに歩いていくと、庭園のすみっこで膝を抱えて地面に座り込んでいるコニーの後ろ姿が見えた。
私が声をかけようとしたそのとき、急に左手首をつかまれて私は「ひっ」と悲鳴を上げる。振り返るとリオ様が「すみません!」とあわてていた。
「リオ様、驚くので急にふれるのは、やめてくださいと……」
「すみません、本当にすみません!」
リオ様は「こっちです」と私の手を引く。
言われるままについていくと、そこからはコニーとエディ様の姿が見えた。自分の膝に顔をうずめているコニーを、腕を組んだエディ様が見下ろしている。ここからでは、コニーがエディ様に怒られているように見える。戸惑った私がリオ様を見ると、リオ様は人差し指を立てて「静かに」とささやいた。
コニーの声が聞こえてくる。
「セレナお嬢様が、たくさんの人に囲まれて大切にされていて、とても嬉しいんだ。でも……」
その声はふるえていた。
「でも……ずっと、お嬢様の側にいて守るのがあたしの役目だったのに。今ではちゃんとした貴族のメイドがたくさんいるし、誰もお嬢様を傷つけない。もう、孤児院出のあたしはお嬢様には必要ないんだ。それが、すごく悲しい……」
「おい、狂犬メイド」
「なんだよ! いいよな、お前は護衛騎士だから! 大好きな人とずっと一緒にいられて」
「気持ちわりぃ言い方すんな!」
頭をガシガシとかいたエディ様は、コニーの前にしゃがみこんだ。
「いっとくが、俺も平民だぞ」
「は? でも、お前どこにでもついて行ってるだろ?」
コニーの疑問はもっともで、平民では入れない場所が多くある。
「俺はな、騎士階級の士爵(ししゃく)位を授かっている平民なんだよ。この国では、騎士の試験に受かると平民でも貴族の末端に入れる。まぁ、この爵位は俺で終わりで、後を継がせることはできないけどな」
「それって、騎士になれば、あたしでも貴族になれるってことか?」
「そうだ。貴族っつっても本当の貴族とは違うが、少なくとも仕える主(あるじ)に付いて、平民が入れない場所にでも入れるようになる」
コニーの顔が輝いた。
「じゃあ、あたしも!」
「いや、王都では女性は騎士になれない。つーか、王都で騎士になれるのは、貴族か貴族の後ろ盾がある平民だけだ」
「……なんだよ、それ……」
再びうつむいてしまったコニーの頭に、エディ様がポンッと手を乗せた。
「話は最後まで聞け。『王都では』っつっただろ。王都では無理だが、バルゴア領なら平民でも女性でも誰でも騎士になれる。うちは、完全な実力主義だからな」
「じゃあ、あたしでも?」
「ああ、お前が騎士の試験に受かるほど強ければな」
「じゃあなる! あたし、強くなってバルゴアで騎士になる! そんで、セレナお嬢様の護衛騎士になってずっとお嬢様と一緒にいる!」
コニーは勢いよく立ち上がった。
「なぁ強くなるにはどうしたらいい!? 教えてくれ!」
「うーん、じゃあ、お前を俺の見習い騎士にしてやるよ」
「なんだそれ?」
「ようするに俺の弟子だ」
「わかった、今日からお前があたしの師匠ってことだな!」
「そういうことだ」
「じゃあ、今から教えろ! いや、教えてくださいエディ師匠!」
「……お前、けっこう見込みあるな」
そんな会話をしながら、コニーとエディは歩き去った。
二人の姿が見えなくなってから、私は大きく息を吐いた。コニーをあんなに悲しませていたなんて……。自分が情けなくなってしまう。
リオ様は、私の左手首をつかんだままだったことに気がついたのか「あっ」と言いながら手を離した。
「リオ様は、こうなることがわかっていたのですか?」
私の質問にリオ様は首をふる。
「いいえ、でも、エディならうまくやるだろうと思っていました。あいつ、ああ見えて五人兄弟の長男で、ものすごく面倒見が良いんです」
「そうなのですね……。その、バルゴアで騎士になるって大変なのでしょうか?」
もしコニーがつらいめに遭(あ)うのなら、騎士になんてならなくていい。
私のケガが治ったら今の生活も終わりで、またコニーとの二人暮らしが始まるのだから。そのことをちゃんとコニーに伝えておけば良かったと反省してしまう。
落ち込む私に、リオ様は「コニーなら大丈夫ですよ。彼女は良い護衛騎士になる」と、はっきりきっぱりと言い切った。
不思議だけど、リオ様が言うならそうなんだろうと思える。この人は信頼できる人だから。
コニーがバルゴアで騎士になるなら、私もバルゴアについていって、そこで仕事を探そう。先のことを考えるのが、こんなに楽しいだなんて、すっかり忘れていた。
こんな気持ちになれるのは、リオ様やターチェ伯爵夫妻が助けてくれたおかげね。
私はなんだか嬉しくなってしまい、少しだけふざけてリオ様の手をつかんだ。
「わっ!?」と驚くリオ様に、「ね? 急にふれられると怖いでしょう?」と微笑みかける。
コクコクうなずいたリオ様の顔は真っ赤だった。
「お、驚きました」
そう言いながら、リオ様の手がなぜか私の手をぎゅっと握る。
「なんだか息苦しいし、胸がしめつけられるように痛いです」
本当に苦しそうなリオ様を見て、「何か持病があるのですか?」と心配になった。
「ないです、というか病気になったことがないです」
「そ、それはすごいですね……」
耳まで赤くなったリオ様は、うるんだ瞳で「セレナ嬢」と私の名前を呼んだ。つないだ手は、熱があるかのように熱い。
「もしかして、リオ様って……」
私のことが好きなのですか?
一瞬浮かんだその言葉は、現実味がなさすぎて笑ってしまう。
リオ様は、王都中の令嬢の中から自由に選んで妻に迎えることができる。そんな人に私が選ばれるはずがない。
私はいつも可愛げがないと言われてきた。どうせ妻に迎えるなら、誰だって可愛い女性のほうが良い。
きっとリオ様は、王都の男性のように女性に慣れていなくて、緊張しているだけね。そういえば、夜会でもたくさんの女性に囲まれて困っていたっけ。
「リオ様って女性が苦手なのですか?」
「そんなことは、ないと思うんですが……」
繋いでいる手を動かして、リオ様の指の間に私の指をからませると、リオ様からは「ううっ」と情けない声が漏れた。
「苦手のようですね」
「か、かもしれません……」
「では、私で練習してください」
紫色の瞳が大きく見開いて、私を見ている。
「練習、ですか? 何の?」
「だから、王都の女性をエスコートする練習です。私で女性慣れしてください。リオ様にはお世話になってばかりなので、ようやくお役に立てそうなことができて嬉しいです」
ニコリと微笑みかけると、真っ赤なリオ様は無言でコクリとうなずいた。