社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】
18 準備は完璧
私は朝から落ち着かなかった。
今日は、いよいよ、ファルトン伯爵家のパーティーに参加する日だったから。
いつもは静かなターチェ伯爵邸内もどこか騒がしい。
私は、ターチェ伯爵夫人に、朝一で医師の診察を受けるように言われていた。
わざわざ王宮医を呼んでくれたようで、私の部屋に現れた医師は、夜会で私を診察した医師と同じだった。
私の肩の包帯を解いた王宮医は「肩の打撲は完治していますね」と言い、次は手の包帯を解いていく。
「添え木はズレていませんね。腫れも引いています。痛みはありますか?」
「ありません」
「それは良かったです。順調に回復していますね」
無理をすれば後遺症が残るかもしれないと言われていたので、私はホッと胸をなでおろした。
「今日、パーティーに参加されるとか?」と尋ねられた私が「はい」と答えると、王宮医は私の腕にまた包帯を巻いた。
「ドレスには合いませんが、引き続き包帯と添え木は取らず、決して動かさないでください。完治するには、あと三週間はかかりますから」
「わかりました」
診察を終えた王宮医は、ニコリと微笑む。
「以前お会いしたときより、顔色が良くて安心しました。健康的な生活をされているようですね」
確かにターチェ家に来てから、毎日美味しいものを食べてぐっすり眠っているので、前よりずっと健康的だった。
今になって思えば、ファルトン家での生活はあり得ない。
「先生、実はお願いがあるのですが……」
私は、肩のケガをした経緯を王宮医に説明した。
異母妹マリンに花瓶をぶつけられてできたケガだと伝えると、王宮医は驚く。
「ファルトン家では、父や継母、マリンの言うことを聞かないと食事を抜かれました。私はあの家から出たいんです。だから、肩のケガの診断書を書いていただけませんか?」
これが役に立つのかはわからない。でも、私があの家と縁を切るために、ひどい目に遭(あ)わされていた証拠がひとつでも多くほしい。
王宮医は「わかりました。肩のケガの診断書を書きます。そして、あなたが栄養失調に近い状態だったことも明記しておきます」と約束してくれた。
「ありがとうございます!」
王宮医が帰ると、入れ替わりにターチェ家のメイドたちが部屋に入ってきた。メイドたちは皆、なぜかやる気に満ち溢れている。
「セレナお嬢様、パーティーの準備を始めさせていただきます!」
「え? パーティーは夜からよ」
窓の外を見ると、朝日が差し込んでいる。
「お嬢様は、おケガをされているので慎重に準備をする必要があります」
「そう、なのね?」
「あ、あと、私たち、あまり経験がないので……でも、一生懸命頑張ります!」
メイドたちの瞳は、キラキラと輝いていた。
そういえば、ターチェ伯爵夫人に「経験豊富なメイドに替えるわね」と言われたときに「そのままでいいです」って言ったっけ。
良くわからないけど、メイドたちは「バラのオイルでマッサージをしましょう」とか「お顔にも最新のパックを」とか「このお粉は真珠を砕いた粉入りで……」などと言いながら盛り上がっている。
今まで夜会に行くときは、派手なドレスを着せられて、濃いメイクをされていただけだったので、こんなに張り切って準備をしたことがない。
戸惑いはあったけど、メイドたちがとても楽しそうだったので、私は大人しく彼女たちに身を任せた。
ふかふかの椅子に深く座ると頭から足のつま先までマッサージをされて、なんやかんやと良い香の物を肌に塗られては拭き取られて。
そのあまりの心地よさに、私は途中から夢見心地になっていた。
ああ、天に召されるってこんな感じかしら? こんな贅沢を覚えたら、もうダメになってしまう……。
うーんうーんと、葛藤しているうちに私は眠ってしまっていた。遠慮がちに声をかけられて、目が覚める。
「できましたよ、セレナお嬢様」
「……ん?」
寝ぼけ眼(まなこ)で全身鏡を見ると、ツヤツヤになった私がそこにいた。
肌は白く輝いているように見えるし、髪なんてサラサラすぎて重さを少しも感じない。
これは私だけど、私じゃないわ。あえていうなら、最大限に磨かれた奇跡の私。
「すごいわ、ありがとう」
メイドたちは、嬉しそうに小さく飛び跳ねたり、微笑みあったりしながら喜んでいる。
マッサージやお手入れが終わっただけで、もうお昼の時間になっていた。食事をとってしばらく休憩したあと、髪のセットとドレスの着用を開始する。
ターチェ伯爵夫人が選んでくれたドレスは、私が大好きな水色のドレスだった。オーレリアお嬢様のものなので、サイズが合わなかったけど、メイド長がうまく調節してくれている。
ドレスは身体に沿うような作りだけど、決して下品には見えない。胸元は透け感の生地で作られていて大人っぽい。袖はなく首で止めるタイプのドレスだったので、右手首をケガしていても無理なく着ることができた。
素敵なドレスに合うように、メイドが髪を綺麗に結い上げてくれた。仕上げにと飾られた髪飾りはまるで宝石の花を散らしたようにキラキラと輝いている。
一日がかりでメイドたちは、私をお姫様に作り上げてくれた。
「ありがとう。魔法をかけてもらったみたい」
感謝の言葉と共にそう伝えると、メイドたちは満面の笑みで「いってらっしゃいませ、セレナお嬢様」と送り出してくれる。
すべての準備を終えた私は、リオ様が待つエントランスホールに降りていった。
そこには、正装したリオ様が立っていた。以前夜会で見た全身黒ではなく、今日のリオ様は白い衣装を身にまとっている。
スカーフやカフスボタンなど、ところどころに水色が取り入れられていた。私が着ているドレスは水色なわけで……。
今気がついたけど、私が身に着けているアクセサリーは紫色で統一されていた。紫色は、リオ様の瞳の色だった。
私とリオ様が並ぶと、まるで愛し合っている二人が相手のことを思って衣装を特注したように見えてしまう。
「これって……」
ターチェ伯爵夫人は、何を思って準備してくれたのかしら?
見送りに来てくれていた伯爵夫人は「セレナさんを見たときの、ファルトン家の反応が楽しみだわ。ふっふっふ」と楽しそうだ。
ターチェ伯爵も「なんだか、二人はお似合いだねぇ」なんてのんきなことを言っている。
なるほど、私とリオ様を仲良さそうに見せてマリンにショックを与えようという作戦なのね。
リオ様は、いつも以上にボーッとしていた。私がリオ様の顔の前で手をふるとハッと我に返る。
「セレナ嬢、すごくお美しいです!」
真っ赤な顔でほめてくれるリオ様を見て、私の特訓の成果が出ているわと嬉しくなる。
「リオ様もとても素敵です」
お世辞ではなく、正装のリオ様はとても魅力的だった。
リオ様は、ぎこちなく私の左手を取ると、手の甲に口づけをするふりをした。そして、馬車まできちんとエスコートしてくれる。
「うん、完璧ですね」
馬車に乗り込んだ私がリオ様に微笑みかけると、リオ様の顔がさらに赤く染まった。エスコートは完璧でも、女性への苦手意識はまだなくなってないみたい。
「リオ様、今日はよろしくお願いします。どうか、私の祖父と母の死の真相を……」
私の言葉を聞いて、リオ様は何かを振り切るように頭をふったあとに「はい」と固い返事をした。
「必ず」
リオ様の側にいると不思議と安心してしまう。昨晩はあんなにも不安だったのに。
ファルトン伯爵家へ向かう馬車の中は、予想外に穏やかだった。
今日は、いよいよ、ファルトン伯爵家のパーティーに参加する日だったから。
いつもは静かなターチェ伯爵邸内もどこか騒がしい。
私は、ターチェ伯爵夫人に、朝一で医師の診察を受けるように言われていた。
わざわざ王宮医を呼んでくれたようで、私の部屋に現れた医師は、夜会で私を診察した医師と同じだった。
私の肩の包帯を解いた王宮医は「肩の打撲は完治していますね」と言い、次は手の包帯を解いていく。
「添え木はズレていませんね。腫れも引いています。痛みはありますか?」
「ありません」
「それは良かったです。順調に回復していますね」
無理をすれば後遺症が残るかもしれないと言われていたので、私はホッと胸をなでおろした。
「今日、パーティーに参加されるとか?」と尋ねられた私が「はい」と答えると、王宮医は私の腕にまた包帯を巻いた。
「ドレスには合いませんが、引き続き包帯と添え木は取らず、決して動かさないでください。完治するには、あと三週間はかかりますから」
「わかりました」
診察を終えた王宮医は、ニコリと微笑む。
「以前お会いしたときより、顔色が良くて安心しました。健康的な生活をされているようですね」
確かにターチェ家に来てから、毎日美味しいものを食べてぐっすり眠っているので、前よりずっと健康的だった。
今になって思えば、ファルトン家での生活はあり得ない。
「先生、実はお願いがあるのですが……」
私は、肩のケガをした経緯を王宮医に説明した。
異母妹マリンに花瓶をぶつけられてできたケガだと伝えると、王宮医は驚く。
「ファルトン家では、父や継母、マリンの言うことを聞かないと食事を抜かれました。私はあの家から出たいんです。だから、肩のケガの診断書を書いていただけませんか?」
これが役に立つのかはわからない。でも、私があの家と縁を切るために、ひどい目に遭(あ)わされていた証拠がひとつでも多くほしい。
王宮医は「わかりました。肩のケガの診断書を書きます。そして、あなたが栄養失調に近い状態だったことも明記しておきます」と約束してくれた。
「ありがとうございます!」
王宮医が帰ると、入れ替わりにターチェ家のメイドたちが部屋に入ってきた。メイドたちは皆、なぜかやる気に満ち溢れている。
「セレナお嬢様、パーティーの準備を始めさせていただきます!」
「え? パーティーは夜からよ」
窓の外を見ると、朝日が差し込んでいる。
「お嬢様は、おケガをされているので慎重に準備をする必要があります」
「そう、なのね?」
「あ、あと、私たち、あまり経験がないので……でも、一生懸命頑張ります!」
メイドたちの瞳は、キラキラと輝いていた。
そういえば、ターチェ伯爵夫人に「経験豊富なメイドに替えるわね」と言われたときに「そのままでいいです」って言ったっけ。
良くわからないけど、メイドたちは「バラのオイルでマッサージをしましょう」とか「お顔にも最新のパックを」とか「このお粉は真珠を砕いた粉入りで……」などと言いながら盛り上がっている。
今まで夜会に行くときは、派手なドレスを着せられて、濃いメイクをされていただけだったので、こんなに張り切って準備をしたことがない。
戸惑いはあったけど、メイドたちがとても楽しそうだったので、私は大人しく彼女たちに身を任せた。
ふかふかの椅子に深く座ると頭から足のつま先までマッサージをされて、なんやかんやと良い香の物を肌に塗られては拭き取られて。
そのあまりの心地よさに、私は途中から夢見心地になっていた。
ああ、天に召されるってこんな感じかしら? こんな贅沢を覚えたら、もうダメになってしまう……。
うーんうーんと、葛藤しているうちに私は眠ってしまっていた。遠慮がちに声をかけられて、目が覚める。
「できましたよ、セレナお嬢様」
「……ん?」
寝ぼけ眼(まなこ)で全身鏡を見ると、ツヤツヤになった私がそこにいた。
肌は白く輝いているように見えるし、髪なんてサラサラすぎて重さを少しも感じない。
これは私だけど、私じゃないわ。あえていうなら、最大限に磨かれた奇跡の私。
「すごいわ、ありがとう」
メイドたちは、嬉しそうに小さく飛び跳ねたり、微笑みあったりしながら喜んでいる。
マッサージやお手入れが終わっただけで、もうお昼の時間になっていた。食事をとってしばらく休憩したあと、髪のセットとドレスの着用を開始する。
ターチェ伯爵夫人が選んでくれたドレスは、私が大好きな水色のドレスだった。オーレリアお嬢様のものなので、サイズが合わなかったけど、メイド長がうまく調節してくれている。
ドレスは身体に沿うような作りだけど、決して下品には見えない。胸元は透け感の生地で作られていて大人っぽい。袖はなく首で止めるタイプのドレスだったので、右手首をケガしていても無理なく着ることができた。
素敵なドレスに合うように、メイドが髪を綺麗に結い上げてくれた。仕上げにと飾られた髪飾りはまるで宝石の花を散らしたようにキラキラと輝いている。
一日がかりでメイドたちは、私をお姫様に作り上げてくれた。
「ありがとう。魔法をかけてもらったみたい」
感謝の言葉と共にそう伝えると、メイドたちは満面の笑みで「いってらっしゃいませ、セレナお嬢様」と送り出してくれる。
すべての準備を終えた私は、リオ様が待つエントランスホールに降りていった。
そこには、正装したリオ様が立っていた。以前夜会で見た全身黒ではなく、今日のリオ様は白い衣装を身にまとっている。
スカーフやカフスボタンなど、ところどころに水色が取り入れられていた。私が着ているドレスは水色なわけで……。
今気がついたけど、私が身に着けているアクセサリーは紫色で統一されていた。紫色は、リオ様の瞳の色だった。
私とリオ様が並ぶと、まるで愛し合っている二人が相手のことを思って衣装を特注したように見えてしまう。
「これって……」
ターチェ伯爵夫人は、何を思って準備してくれたのかしら?
見送りに来てくれていた伯爵夫人は「セレナさんを見たときの、ファルトン家の反応が楽しみだわ。ふっふっふ」と楽しそうだ。
ターチェ伯爵も「なんだか、二人はお似合いだねぇ」なんてのんきなことを言っている。
なるほど、私とリオ様を仲良さそうに見せてマリンにショックを与えようという作戦なのね。
リオ様は、いつも以上にボーッとしていた。私がリオ様の顔の前で手をふるとハッと我に返る。
「セレナ嬢、すごくお美しいです!」
真っ赤な顔でほめてくれるリオ様を見て、私の特訓の成果が出ているわと嬉しくなる。
「リオ様もとても素敵です」
お世辞ではなく、正装のリオ様はとても魅力的だった。
リオ様は、ぎこちなく私の左手を取ると、手の甲に口づけをするふりをした。そして、馬車まできちんとエスコートしてくれる。
「うん、完璧ですね」
馬車に乗り込んだ私がリオ様に微笑みかけると、リオ様の顔がさらに赤く染まった。エスコートは完璧でも、女性への苦手意識はまだなくなってないみたい。
「リオ様、今日はよろしくお願いします。どうか、私の祖父と母の死の真相を……」
私の言葉を聞いて、リオ様は何かを振り切るように頭をふったあとに「はい」と固い返事をした。
「必ず」
リオ様の側にいると不思議と安心してしまう。昨晩はあんなにも不安だったのに。
ファルトン伯爵家へ向かう馬車の中は、予想外に穏やかだった。