社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】

【第二部】07【リオ視点のつづき】

 部屋から出るとカルロスからもらったワインボトルをエディに渡した。受け取ったエディは、無言で俺のあとをついてくる。

 しばらく歩いてからエディが口を開いた。

「リオ、顔がすごいぞ」
「……わかっている」

 自分で思っている以上に低い声が出た。

 先ほどカルロスから聞いた話が腹立たしい。すでに婚約者がいる女性に興味を持つなどあり得ない。

 そう考えて、俺は立ち止まった。

 いや、あり得る、のか?

 結婚しても離婚する者たちがいる。不倫や浮気という言葉もある。

 セレナと俺はまだバルゴア領で正式に結婚式を挙げていない。王都で仮の結婚式を挙げたが、バルゴア領での式が終わるまで、俺たちの関係はあくまで婚約者だった。

 だが王都でもバルゴア領でも、俺たちの間に割って入る者はいなかった。それが当たり前だったのに、タイセンに来たとたんセレナを狙う男が現れるなんて。

 まぁ、たしかにセレナは笑顔がものすごく可愛いし、一見冷たく見えるほど美しいのにいつも一生懸命だし、すごく良い香りがするし、誰にでも誠実で公平だし、惹かれてしまうのも仕方ないが‼

「くそっ……カルロスの結婚式になんて来なければよかった!」
「リオ、数分前と真逆のことを言っているぞ」

 人に聞かれないように注意しながら、俺はエディに耳打ちした。

「ディークがセレナに好意を持っているらしい。セレナには俺から言うから、コニーやアレッタにはおまえから気をつけるように言ってくれ」
「わかった」

 エディは表情ひとつ変えない。

「驚かないんだな?」
「まぁ、王族や貴族なんて、どこもそんなもんだろ? 王都で貴族の護衛をしていた連中から聞いた貴族の話はもっとすごかったぞ」
「俺も貴族だが?」
「バルゴアは特別なんだよ」
「じゃあ、セレナは……」

 言葉の途中で俺は口を閉じた。

 セレナも違うとわかっている。だが、一般的な令嬢は王子に見染められたら嬉しいのかもしれない。

 俺の妹もそういう本を読んで、憧れていたようだし……。もしかして、セレナも少しくらいは嬉しいのかも?

 だとしたら、俺はいちいち騒がずに、タイセンにいる間は、一時の遊びだと割り切って穏やかに二人を見守り……って、そんなことは無理だが⁉

 セレナに指一本でも触れたら、問答無用でディークの腕をへし折る自信がある。

 その場合、国同士の揉め事になりかねない。ただでさえ、エルティダ国とタイセン国は、数十年前まで戦争を繰り返していたのに。

 今のタイセン王が平和主義で、エルティダ国との和平に力を入れているからこそ、俺はカルロスやディークとも幼いころから交流があった。
 和平の証しでもある俺たちの交流を、揉め事に繋げるわけにはいかない。

 いやでも、そもそもディークが悪いよな?

 どうして俺が気を使わないといけないんだ⁉

「ああああ!」

 急に叫んだ俺の後ろでエディが「な、なんだよ⁉」と驚きながらワインボトルを落とさないように胸に抱えた。

「俺はひとりで悩むと、ろくなことにならない!」
「たしかに」
「だからセレナに相談する!」
「正しい判断だな」
「よし!」

 ズンズンと歩き、俺は勢いよく部屋の扉を開けた。

「セレナ!」

 バルコニーで読書をしているセレナの元に駆けつける。

 俺を見たセレナは、にっこりと微笑んだ。

「おかえりなさい。早かったですね」

 ぎゅうっと俺の胸が締め付けられる。この笑顔が他の男に向けられるなんて我慢できない。

「話があるんだ。少しいいかな?」

 驚いた様子のセレナは「いいですけど、ここでは話せない内容なのですか?」と首をかしげている。

 その間にエディが、コニーとアレッタに「はーい、二人はこっちに来ましょーね。大切なお話があります」と言いながら別の部屋に連れて行ってくれた。

「その、あなたに触れてもいいだろうか?」

 そう言いながら手を差し出すと、セレナは俺の手に自身の手を重ねる。

「もちろんです」

 許可をもらったので、俺はセレナを横抱きに抱きかかえた。俺が抱きかかえることは予想外だったのか、綺麗な瞳を大きく見開いているものの、セレナは俺の腕の中に大人しく収まっている。

 そのままバルコニーから室内へ移動した。

 セレナは「出会ってすぐの頃も、こんなことがありましたね」と言いながらクスクスと笑っている。

「セレナの靴がないからといきなり抱きかかえて、庭園を散歩したときのことだな。あのときはすまなかった」
「今となっては、いい思い出です」

 俺はセレナを抱きかかえたままソファに座った。セレナを背後から抱きしめるような姿勢で話し出す。

「リオ様?」
「少し情けない話だから、今はまっすぐセレナの顔を見ることができない」
「わかりました」

 セレナは、俺の話を黙って聞いてくれた。

「ようするに、ディーク殿下が私に好意を持っている。それを知っているカルロス殿下に、ディーク殿下の無礼を見逃がしてほしいと言われた、ということですね?」
「ああ、そうだ」

 そして、問題はここからだ。

「俺はセレナに好意を持つ男が、セレナの周りをフラフラしていたら絶対に危害を加える自信がある。カルロスのように黙って見ていることなどできない。このままでは、確実に国同士の揉め事に発展してしまう」

 セレナの肩が小さく揺れている。

「セレナ?」

 顔を覗き込むと、口元を押さえながらセレナは笑っていた。

「真面目な話なのだが?」
「すみません! でも、私も同じことで悩んでいたので」

 目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、セレナは先ほどディークと会ったときのことを話してくれた。

 手に許可なく触れられそうになったことや、エスコートしながらセレナと一緒に散歩しようとしたことなど。

「ディーク殿下から明らかに男女間の好意を感じました。だから、これからどう対応すればいいのかと困っていたのです」

 セレナを困らせるなんて許せない。それ以前に、セレナに好意を寄せていることが許せない。

(はらわた)が煮えくり返るとはこのことか……」

 後ろを振り返ったセレナが不思議そうに俺を見ている。

「もしかして、それって嫉妬ですか?」
「嫉妬?」
「違いましたか。……じゃあ、嫉妬するのは私だけですね」

 そう言いながら、恥ずかしそうに俯いてしまう。

「この話の流れで、どうしてセレナが嫉妬するんだ?」
「だって……。エルティダ国やバルゴア領とここは違うので。私がディーク殿下に誘われたように、リオ様も女性に誘われるかもしれませんよ。そう考えたら、つい……」

 拗ねたような表情のセレナを見た俺は、ディークへの怒りが一瞬で吹き飛び、両手で自分の顔を覆いながらセレナの可愛さに悶えることしかできなくなった。
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