社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】
【第二部】08 対策会議
リオ様が顔を手で覆いながら小刻みに震えている。
以前なら、『私が情けないから、リオ様をがっかりさせてしまったかしら?』と不安になっていた行動も、今ならそうではないと分かっていた。
「えっと、もしかして……可愛いと思ってくれています?」
無言でこくこくと頷くリオ様。その耳は真っ赤に染まっている。
嫉妬が可愛いなんてよく分からないけど、私もリオ様に嫉妬してもらえたら嬉しいので、それと同じなのかもしれない。
もう我慢できないといったように、リオ様がソファに置いてあったクッションをバンバンと叩きだしたとき、エディ様がコニーとアレッタを連れて戻ってきた。
「リオ、こっちの話は終わったぞ」
「こ、こっちも終わった」
赤い顔でクッションを握りつぶすリオ様を見たエディ様が「どういう状況なんだよ……」と呆れている。
私は立ち上がり、リオ様の隣に座り直した。咳払いをしたリオ様がクッションを置いて姿勢を正している。
「カルロスの結婚式が終わったら、しばらくタイセンに滞在してのんびり観光しようと思っていたが、すぐに帰ろう」
リオ様の言葉に皆が頷いた。
私が「ということは、結婚式までの数日間、ディーク殿下に合わないように過ごしたらいいということですね」と確認すると、「そういうことだ」と言いながらリオ様は不服そうな顔をする。
「どうしてこちらが気を使わないといけないんだと思うが、祝いに来て揉め事を起こしたり、両国の友好関係にヒビを入れたりするわけにはいかないからな」
「そうですね……」
ここは当たり障りなくやり過ごして帰るのが正解だと私も思う。
リオ様が「セレナ、すまない」としょんぼりしているので、私は首をかしげた。
「どうして謝るんですか?」
「セレナはタイセンに来たのは初めてだろう? いろいろ楽しみにしていただろうに、早々に帰ることになってしまったから申し訳なくて」
「楽しみにしていたのはリオ様との旅行ですから大丈夫ですよ。それに……」
私はリオ様の手に自分の手を重ねた。
「私たちが結婚したら、外交を兼ねてまたタイセンを訪れる機会があると思います。他国では、こういう予想外のことが起こるのだと、今回はいい勉強になりました」
「セレナ……」
リオ様の紫色の瞳が嬉しそうに細められた。リオ様が嬉しいと私も嬉しい。
コニーが私に「今度、あの男に会ったらどうしますか? 髪、引っこ抜きます?」と尋ねた。
「それはダメよ、相手は王族だもの。どんな理由があったとしても、コニーが罰を受けるわ。そうね……リオ様の側にいるのが一番安全だと思うけど、ずっと一緒にいられるわけではないものね」
困ったことに結婚式までの間には、男女別にそれぞれ交流会が設けられていた。
男性はカルロス殿下主催のワイン会に、女性はライラ様主催のお茶会に招待されている。
イベント自体は男女別だけど、移動の最中にディーク殿下にバッタリ会うなんてことになったら最悪だ。
私が悩んでいると、アレッタが遠慮がちに右手を上げた。
「あの、気休めかもしれませんが、セレナお嬢様がディーク殿下の好みから外れるようにするのはどうでしょうか?」
リオ様が「どういうことだ?」と不思議そうにしている。
「ディーク殿下は、ライラ様のことがお好きだったのですよね? そして、今はセレナお嬢様がお気に入りということは、清楚系の美人をディーク殿下は好んでいるのではないでしょうか?」
コニーがポンッと手を打った。
「あっ分かった! セレナお嬢様の化粧や服装を変えて、違う雰囲気にすればいいのか!」
アレッタは「そうです」と頷いたあとに、ためらいながら私を見た。
「化粧や髪型を変えるだけでもだいぶ印象が変わります。清楚系の反対なので、妖艶な感じにするのがいいかと。もちろん、セレナお嬢様が嫌でなければですが……」
「嫌じゃないわ。すごくいいと思う!」
身を守るために雰囲気を変えることに抵抗はない。アレッタはすぐに化粧道具を取りに行き、私に化粧を施した。
「お化粧を濃くしましたが、どうでしょうか?」
鏡に映った私を見て、少し懐かしい気持ちになる。そこには、社交界の毒婦とよばれていたころの私がいた。
「なんだか、久しぶりにこの顔を見たわ」
「す、すみません! すぐに戻します!」
慌てるアレッタに待ってもらい、私はリオ様に尋ねた。
「どうでしょうか?」
リオ様は「セレナはいつも可愛いなぁ」とニコニコしている。
そうなのよね。リオ様は私がどんな格好をしていても、眉をひそめたり、悪く言ったりすることがない。
きっとリオ様からすれば、服装なんて関係ないのね。
それに、私が毒婦を演じているころの姿を見て褒めてくれた人もいた。
それは王都に住むターチェ伯爵家に仕えるメイド長だった。彼女は露出が多いドレスを着ている私に向かって『顔と心が美しい』という言葉をくれた。
そのことに、とても驚いたのでよく覚えている。
あのころのようなドレスはもう持っていない。でも、表情や仕草であのころのような雰囲気に近づけることはできる。
毒婦とよばれるつもりはないけど、雰囲気を変えることで、ディーク殿下が私に興味をなくしてくれるのなら、やる価値は十分にあった。
「アレッタ、このまま続けてくれる?」
「はい!」
アレッタはハーフアップにしていた私の髪をほどき、緩く編んで右に流す。そうすることで、さらに印象が変わった。
エディ様が「こんなに印象が変わるんですね」と驚いている。その横でリオ様が「セレナはどんな髪型でも似合う‼」と頬を赤く染めていた。
「リオ様にそう言ってもらえて嬉しいです。では、ディーク殿下の件はこれで乗り切るということで」
対策もできたし、安心かと思いきや、リオ様は腕を組みながら「うーん」と唸った。
「ディークの件はそれでいいんだが、俺はカルロスのほうも気になっているんだ。納得できなくて……。なんというか、うまく言葉にできない」
私やコニー、アレッタは自然とエディ様を見ていた。こういうときは、リオ様と付き合いの長いエディ様が頼りになる。
皆の期待を受けたエディ様が「何が引っかかっているんだ?」と聞いてくれた。
「カルロスの言動に違和感がある。でも、俺はセレナに会って変わったから、カルロスもライラ嬢に会って変わったと言われたら、そうなのかとも思うし……。うーん、人間関係に恋愛が絡むとややこしくて、余計分からなくなるな」
「じゃあ、ややこしいことを取っ払ったらいい」とエディ様。
「相手に合わせる必要はない。リオが思うカルロスは、どういう人物なんだ?」
「カルロスの人物像か……」
悩むリオ様にエディ様は「戦いたいか? 戦いたくないか?」と尋ねた。そのとたんに、リオ様の顔から悩む様子が消えた。
「カルロスとだけは絶対に戦いたくないな。あいつは子どものころから、頭がすごく切れるんだ。予想外の行動を取って勝とうとするし、俺と違って自分の腹の内を隠すのが上手い」
「なるほど。直感で行動するリオとは真逆のタイプだな。ちなみにディーク殿下は?」
「戦う必要すら感じない相手だな」
コニーが私の耳元で「それってザコってことですか?」と聞いたので「た、たぶん?」と返事をしておいた。
「もし、俺がカルロスと敵対してしまったら、戦わずに問題を解決する方法を全力で探す。どうしても戦いを避けられなければ仕方ないが、お互い甚大な被害をもたらす覚悟がいる」
リオ様の話を聞いていたエディ様が首を捻った。
「そんな優秀な王子が、どうしてディーク殿下を野放しにしているんだ? どうとでも対処できそうなのに」
「だから、おかしいんだよ。ディークがいることでカルロスに、何か利益があるとしか思えない」
その話を聞きながら、私を意地悪な姉に仕立て上げることで、周囲の人達に悲劇のヒロインのように見てもらえて、ちやほやされていたマリンを思い出した。マリンからすれば、私がいるだけで利益があった。
じゃあ、優秀なカルロス殿下は、ディーク殿下を対処しないことで、周囲からどう見られるのか?
「あっ、そっか」
思わず声が出てしまった私を、リオ様とエディ様が見ている。
「お話に割って入ってすみません!」
「構わない。セレナの意見を聞かせてほしい」
「えっと……。優秀なカルロス殿下は、ディーク殿下を対処しないことで、周囲からこう思われるのではないでしょうか?」
『兄弟で一人の女性を取り合い、愛に溺れてまともな判断ができなくなった愚か者』
「なので、カルロス殿下は、周囲に愚か者だと思われたいのかな、と思ったのです」
ポカンと口を開けたリオ様が、サイドテーブルに置いてあったワインボトルを手に取った。
「カルロスが、このワインをくれたとき、俺に毒見をさせたんだ」
「毒⁉」
「ああ、あのときは冗談だと言っていたが……。そういえばカルロスは『ライラ嬢とディークのおかげで今の私がいる』とも言っていたな」
「それって……」
私とリオ様は顔を見合わせた。
「優秀なカルロス殿下の命を誰かが狙っている。その相手を欺くために、ディーク殿下を利用して、愚か者を演じているということなのでしょうか?」
「そう考えると、カルロスの行動に納得できる。すべて推測だが」
ため息をついたエディ様が「それがもし本当なら、結婚式に来ただけなのに、大変なことに巻き込まれそうだ……」と言ったので、その場の全員が静かに頷いた。
以前なら、『私が情けないから、リオ様をがっかりさせてしまったかしら?』と不安になっていた行動も、今ならそうではないと分かっていた。
「えっと、もしかして……可愛いと思ってくれています?」
無言でこくこくと頷くリオ様。その耳は真っ赤に染まっている。
嫉妬が可愛いなんてよく分からないけど、私もリオ様に嫉妬してもらえたら嬉しいので、それと同じなのかもしれない。
もう我慢できないといったように、リオ様がソファに置いてあったクッションをバンバンと叩きだしたとき、エディ様がコニーとアレッタを連れて戻ってきた。
「リオ、こっちの話は終わったぞ」
「こ、こっちも終わった」
赤い顔でクッションを握りつぶすリオ様を見たエディ様が「どういう状況なんだよ……」と呆れている。
私は立ち上がり、リオ様の隣に座り直した。咳払いをしたリオ様がクッションを置いて姿勢を正している。
「カルロスの結婚式が終わったら、しばらくタイセンに滞在してのんびり観光しようと思っていたが、すぐに帰ろう」
リオ様の言葉に皆が頷いた。
私が「ということは、結婚式までの数日間、ディーク殿下に合わないように過ごしたらいいということですね」と確認すると、「そういうことだ」と言いながらリオ様は不服そうな顔をする。
「どうしてこちらが気を使わないといけないんだと思うが、祝いに来て揉め事を起こしたり、両国の友好関係にヒビを入れたりするわけにはいかないからな」
「そうですね……」
ここは当たり障りなくやり過ごして帰るのが正解だと私も思う。
リオ様が「セレナ、すまない」としょんぼりしているので、私は首をかしげた。
「どうして謝るんですか?」
「セレナはタイセンに来たのは初めてだろう? いろいろ楽しみにしていただろうに、早々に帰ることになってしまったから申し訳なくて」
「楽しみにしていたのはリオ様との旅行ですから大丈夫ですよ。それに……」
私はリオ様の手に自分の手を重ねた。
「私たちが結婚したら、外交を兼ねてまたタイセンを訪れる機会があると思います。他国では、こういう予想外のことが起こるのだと、今回はいい勉強になりました」
「セレナ……」
リオ様の紫色の瞳が嬉しそうに細められた。リオ様が嬉しいと私も嬉しい。
コニーが私に「今度、あの男に会ったらどうしますか? 髪、引っこ抜きます?」と尋ねた。
「それはダメよ、相手は王族だもの。どんな理由があったとしても、コニーが罰を受けるわ。そうね……リオ様の側にいるのが一番安全だと思うけど、ずっと一緒にいられるわけではないものね」
困ったことに結婚式までの間には、男女別にそれぞれ交流会が設けられていた。
男性はカルロス殿下主催のワイン会に、女性はライラ様主催のお茶会に招待されている。
イベント自体は男女別だけど、移動の最中にディーク殿下にバッタリ会うなんてことになったら最悪だ。
私が悩んでいると、アレッタが遠慮がちに右手を上げた。
「あの、気休めかもしれませんが、セレナお嬢様がディーク殿下の好みから外れるようにするのはどうでしょうか?」
リオ様が「どういうことだ?」と不思議そうにしている。
「ディーク殿下は、ライラ様のことがお好きだったのですよね? そして、今はセレナお嬢様がお気に入りということは、清楚系の美人をディーク殿下は好んでいるのではないでしょうか?」
コニーがポンッと手を打った。
「あっ分かった! セレナお嬢様の化粧や服装を変えて、違う雰囲気にすればいいのか!」
アレッタは「そうです」と頷いたあとに、ためらいながら私を見た。
「化粧や髪型を変えるだけでもだいぶ印象が変わります。清楚系の反対なので、妖艶な感じにするのがいいかと。もちろん、セレナお嬢様が嫌でなければですが……」
「嫌じゃないわ。すごくいいと思う!」
身を守るために雰囲気を変えることに抵抗はない。アレッタはすぐに化粧道具を取りに行き、私に化粧を施した。
「お化粧を濃くしましたが、どうでしょうか?」
鏡に映った私を見て、少し懐かしい気持ちになる。そこには、社交界の毒婦とよばれていたころの私がいた。
「なんだか、久しぶりにこの顔を見たわ」
「す、すみません! すぐに戻します!」
慌てるアレッタに待ってもらい、私はリオ様に尋ねた。
「どうでしょうか?」
リオ様は「セレナはいつも可愛いなぁ」とニコニコしている。
そうなのよね。リオ様は私がどんな格好をしていても、眉をひそめたり、悪く言ったりすることがない。
きっとリオ様からすれば、服装なんて関係ないのね。
それに、私が毒婦を演じているころの姿を見て褒めてくれた人もいた。
それは王都に住むターチェ伯爵家に仕えるメイド長だった。彼女は露出が多いドレスを着ている私に向かって『顔と心が美しい』という言葉をくれた。
そのことに、とても驚いたのでよく覚えている。
あのころのようなドレスはもう持っていない。でも、表情や仕草であのころのような雰囲気に近づけることはできる。
毒婦とよばれるつもりはないけど、雰囲気を変えることで、ディーク殿下が私に興味をなくしてくれるのなら、やる価値は十分にあった。
「アレッタ、このまま続けてくれる?」
「はい!」
アレッタはハーフアップにしていた私の髪をほどき、緩く編んで右に流す。そうすることで、さらに印象が変わった。
エディ様が「こんなに印象が変わるんですね」と驚いている。その横でリオ様が「セレナはどんな髪型でも似合う‼」と頬を赤く染めていた。
「リオ様にそう言ってもらえて嬉しいです。では、ディーク殿下の件はこれで乗り切るということで」
対策もできたし、安心かと思いきや、リオ様は腕を組みながら「うーん」と唸った。
「ディークの件はそれでいいんだが、俺はカルロスのほうも気になっているんだ。納得できなくて……。なんというか、うまく言葉にできない」
私やコニー、アレッタは自然とエディ様を見ていた。こういうときは、リオ様と付き合いの長いエディ様が頼りになる。
皆の期待を受けたエディ様が「何が引っかかっているんだ?」と聞いてくれた。
「カルロスの言動に違和感がある。でも、俺はセレナに会って変わったから、カルロスもライラ嬢に会って変わったと言われたら、そうなのかとも思うし……。うーん、人間関係に恋愛が絡むとややこしくて、余計分からなくなるな」
「じゃあ、ややこしいことを取っ払ったらいい」とエディ様。
「相手に合わせる必要はない。リオが思うカルロスは、どういう人物なんだ?」
「カルロスの人物像か……」
悩むリオ様にエディ様は「戦いたいか? 戦いたくないか?」と尋ねた。そのとたんに、リオ様の顔から悩む様子が消えた。
「カルロスとだけは絶対に戦いたくないな。あいつは子どものころから、頭がすごく切れるんだ。予想外の行動を取って勝とうとするし、俺と違って自分の腹の内を隠すのが上手い」
「なるほど。直感で行動するリオとは真逆のタイプだな。ちなみにディーク殿下は?」
「戦う必要すら感じない相手だな」
コニーが私の耳元で「それってザコってことですか?」と聞いたので「た、たぶん?」と返事をしておいた。
「もし、俺がカルロスと敵対してしまったら、戦わずに問題を解決する方法を全力で探す。どうしても戦いを避けられなければ仕方ないが、お互い甚大な被害をもたらす覚悟がいる」
リオ様の話を聞いていたエディ様が首を捻った。
「そんな優秀な王子が、どうしてディーク殿下を野放しにしているんだ? どうとでも対処できそうなのに」
「だから、おかしいんだよ。ディークがいることでカルロスに、何か利益があるとしか思えない」
その話を聞きながら、私を意地悪な姉に仕立て上げることで、周囲の人達に悲劇のヒロインのように見てもらえて、ちやほやされていたマリンを思い出した。マリンからすれば、私がいるだけで利益があった。
じゃあ、優秀なカルロス殿下は、ディーク殿下を対処しないことで、周囲からどう見られるのか?
「あっ、そっか」
思わず声が出てしまった私を、リオ様とエディ様が見ている。
「お話に割って入ってすみません!」
「構わない。セレナの意見を聞かせてほしい」
「えっと……。優秀なカルロス殿下は、ディーク殿下を対処しないことで、周囲からこう思われるのではないでしょうか?」
『兄弟で一人の女性を取り合い、愛に溺れてまともな判断ができなくなった愚か者』
「なので、カルロス殿下は、周囲に愚か者だと思われたいのかな、と思ったのです」
ポカンと口を開けたリオ様が、サイドテーブルに置いてあったワインボトルを手に取った。
「カルロスが、このワインをくれたとき、俺に毒見をさせたんだ」
「毒⁉」
「ああ、あのときは冗談だと言っていたが……。そういえばカルロスは『ライラ嬢とディークのおかげで今の私がいる』とも言っていたな」
「それって……」
私とリオ様は顔を見合わせた。
「優秀なカルロス殿下の命を誰かが狙っている。その相手を欺くために、ディーク殿下を利用して、愚か者を演じているということなのでしょうか?」
「そう考えると、カルロスの行動に納得できる。すべて推測だが」
ため息をついたエディ様が「それがもし本当なら、結婚式に来ただけなのに、大変なことに巻き込まれそうだ……」と言ったので、その場の全員が静かに頷いた。