社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】

【第二部】11 平和の象徴

 ライラ様主催のお茶会は、その後、何も問題なく終わろうとしていた。

 皆の前に立ったライラ様が「ご参加くださり、ありがとうございました。次は結婚式でお会いしましょう」と挨拶すれば、割れんばかりの拍手が起こる。

 神々しい笑みを浮かべるライラ様は、まさしく聖女だった。それなのに、裏でアイリーン様に嫌がらせをしているのだから、人は見た目だけで判断してはいけない。

 招待客はそれぞれ席を立ち、ライラ様に会釈してから会場を後にしている。

 庭園の出入り口が混雑しているので少し待ってから行こうと、のんきに席に座っていたのがまずかった。

「セレナ嬢!」

 名前を呼ばれたほうを振り返ると、ディーク殿下が立っている。

 女性だけのお茶会会場にまで乗り込んでくるなんて……。お茶会が終わったとはいえ、まだまばらに招待客が残っているのに!

 周囲の人達が何事かとこちらを見ている。ライラ様も、驚いた顔でポカンと口を開けていた。

 アイリーン様は、お茶会が終わるとすぐに退席したので、この場にいない。それが唯一の救いだった。

 私の元に駆け寄ってきたディーク殿下は眉間にシワを寄せている。

「君が、セレナ?」

 私は席から立ち上がり「はい、そうですが何か?」と無感情に伝えた。今の私はきつそうな性格に見えているはず。そのせいか、ディーク殿下はわずかに後退った。

「そんな……」
「用がないなら失礼します」

 私はディーク殿下に会釈してから歩き出した。そのあとを、ディーク殿下がついてくる。

「待って! セレナ嬢、君の魅力はもっと違うところにあるよ。僕なら君を最高の状態にしてあげられるから、ね?」

 ようするに、ディーク殿下は私に『今の格好は似合っていないから、僕好みの服を着てほしい』と言っている。

 こんなに人目がある場所で、幼馴染のリオ様の婚約者に向かって。

 ディーク殿下の軽率な行動は、呆れを通り越して恐怖すら感じる。

「セレナ嬢には、もっと淡い色の上品なドレスが似合うよ。僕に贈らせてほしい」

 この人と同類だと思われたくなくて、私は歩く速度を速めた。

「あっそうだ! 今度、君の瞳の色の宝石を贈るよ。受け取ってくれるよね?」

 サッサと立ち去ってしまいたかったけど、バカなことを言い続けるディーク殿下をこのままにしていたら、どんなウワサが広がるか分からない。

 私は立ち止まると、ディーク殿下を振り返った。殿下の表情がパァと明るくなる。

「宝石は、アクセサリーにしたほうがいいかな?」
「殿下」

「僕的には指輪にしたいな。ずっと、セレナ嬢につけていてほしいから」
「ディーク殿下!」

 冷たく名前を呼ぶと、ようやくディーク殿下は黙った。

 私は悪役を演じるために鏡の前で練習した、意地悪そうな笑みを浮かべる。まさか、この笑みをまた使うことになるなんて思いもしなかった。

「私は好きで、このドレスを着ています」

 困惑するようにディーク殿下が眉を下げている。気がつけばライラ様の姿はない。

「でもっ、夜会のときの君は、こんなじゃなかった……」

 ディーク殿下の言葉を聞いた私は、演技ではなく本気で鼻で笑ってしまった。

「あなたが嫌いなこんな姿の私でも、リオ様は、似合っていると褒めてくれます」
「嫌いだなんて言っていないよ! 君にはもっと似合うものがあると言っているだけ」

 私はため息をついた。これ以上、どう言えばいいの?

「ですから、ディーク殿下の好き嫌いは私には関係ないのです。私は愛する方にだけ褒められたい。それはあなたではありません。分かりますね?」

 ようやく私の言葉が理解できたのか、ディーク殿下は視線をそらしてうつむいた。

 まばらに残っている招待客が、遠巻きにこちらを眺めている。

 私はそんな彼女達に近づいた。悪役の笑みを引っ込めて、精一杯悲しそうな表情を作る。

「私のドレスが、ライラ様のお茶会に相応しくなかったようです。ディーク殿下に注意を受けました。皆さんを不快にして申し訳ありません」

 驚いた彼女達からは「あら」「まぁ」と聞こえてくる。

 何人かは「素敵ですよ」「不謹慎ではありませんわ」と慰めてくれた。

 私が女性に囲まれたのを見て、ようやく諦めたのかディーク殿下は私に背を向け歩き出す。

 ディーク殿下の姿が完全に見えなくなると、私を囲んでいたひとりが「先ほどのお話ですが、ディーク殿下が敏感になっているだけですわ。殿下はライラ様のことを……ね?」と、意味ありげに目配せした。

 それを受けた女性も「そうなのですよ。他国の方はご存じないでしょうが、いろいろと、ねぇ? だから、本当にお気になさらず」

 聖女を取り合った王子達の話は、この国では美談になっていて、女性から憧れられているのかと思ったけど、そうでもないのね。

 せっかくだから、もう少し情報収集をしましょう。

「そういえば、女性だけのお茶会に、どうしてディーク殿下は入れたのでしょうか? お茶会が終わったあとだったとしても、まだ招待客が残っていたのに」

 本当なら王宮騎士が警護していたから、ディーク殿下を止められたはずだ。文句を言いたいくらいだけど、そう聞こえないように慎重に言葉を選んだ。

「ディーク殿下の行動を止められる者はいませんわ」
「どうしてですか?」

 女性達は、先ほどのように目配せをした。
 話していいのかどうか悩んでいるのね。

「私はディーク殿下に嫌われてしまったようなので、結婚式が終わったらすぐにこの国を出ます。皆さんとも、もうお会いする機会はないでしょう」

 寂しそうな笑みを浮かべながら『すぐにこの国から出ていくし、もう戻ってこないから』という意味のことを伝えると、彼女達は私への警戒心を緩めたようだ。

「それは……。陛下がディーク殿下を平和の象徴だなんて言って甘やかしているのです」

 ひとりが小声でそう言うと、他の人も次々に話し出す。こんな際どい話を教えてくれるなんて、よほど不満が溜まっているのね。

「陛下は先代国王陛下が戦争に明け暮れていた姿を見て育ったから、今の平和が続くことを強く望んでいるのです」
「つい最近まで、陛下は『ディーク殿下こそ、平和な時代の新たな王に相応しい』だなんて言っていたんですよ? 王妃様が強く反対してくださって、なんとかカルロス殿下が王太子に決まりましたけど」
「でも陛下は、未だに王族や貴族の枠組みから外れた行動を取るディーク殿下を、咎めるどころか褒め称えているのです」

 私が「それは、ディーク殿下が王族として正しい教育を受けられなかったということですか?」と尋ねると、彼女達は首を振る。

「いいえ。カルロス殿下とディーク殿下は同じように教育を受けていたそうですよ。でも、勤勉なカルロス殿下とは違い、ディーク殿下が勉強から逃げ回っていたことは貴族の間でも有名なのです」

 ヒソヒソ話をしている私達に、王宮騎士が近づいて来た。

「お帰りはあちらです」

 ああ、なるほど。主催のライラ様ももういないし、会場を閉めたいから早く帰れってことね。

 私達は、優雅に微笑み合うとその場で別れた。

 お茶会会場から出て、待機していたコニーやアレッタと合流するとドッと疲れが押し寄せてくる。

「お嬢様⁉」
「大丈夫ですか?」

 二人に支えられながら、私はなんとかリオ様が待つ部屋へと戻った。でも、リオ様はまだワイン会から戻って来ていなかった。
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