社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】
【第二部】17 リオ様に分かってもらう方法
リオ様がライラ様を締め上げ小脇に抱えて医務室に運んでしまった日から、私達は、できるだけ部屋から出ないように過ごした。
「こんなことになってしまい、本当にすまない!」とリオ様は私に何度も謝ってくれたけど、私は少しも怒っていない。
むしろ、日課の鍛錬に行かないリオ様と、朝から晩までお部屋でのんびり過ごせるのは貴重ね、なんて思ってしまっていた。
「リオ様。そんなに謝らないでください。結婚式まで本当にあと少しですから、のんびり過ごしましょう」
「セレナ……そうだな」
ようやくリオ様がいつもの雰囲気に戻ってくれてホッとする。
そんな私の手をリオ様がしっかりと握りしめた。
「じゃあ、お詫びに結婚式が終わるまで、俺がセレナのお世話をしよう!」
いつかどこかで聞いたそのセリフに、私はスッと笑みを消す。
私の骨にヒビが入っていた頃にも、リオ様に言われたこのセリフ。
あのときは、移動中にエスコートでもしてくれるのかしら? なんて思い、つい頷いてしまった。
その結果、抱きかかえられて庭園を散歩させられるわ、食事のときは小さな子供のように私に食べさせようとするわで、本当に恥ずかしかった。
今度は何をされるのか想像すらつかない。
「……遠慮します」
「え?」
驚くリオ様に私は冷たい視線を向ける。
ライラ様へのやらかしや、シンシア様を肩に担いだことなど、やっぱり一度ちゃんとお説教したほうがいいわ。
「リオ様」
私があえてきつい口調で名前を呼ぶと、リオ様はなぜか頬を赤く染める。
「ぐっ! 懐く前の山猫セレナ、久しぶり……!」
「なんの話ですか?」
「なんでもないです!」
そう言いながらも、何かを耐えるように肩を小刻みに震わせている。
今までの経験上、リオ様がこういう態度を取るときは、私のことを可愛いと思ってくれているときが多い。
怒っているのに、可愛いとは?
リオ様の考えることは、未だに分からないときがある。
「これは真面目な話ですよ?」
「は、はい!」
「リオ様は私だけが特別と言ってくれましたね。それはとても嬉しかったです」
私だって、リオ様が他の女性を大切にしているところは見たくない。
でも、さすがにこのままでは、また別の女性にやらかしてしまう可能性が高い。それは次期バルゴア領の当主として避けなければいけない。
私はリオ様を真っすぐ見つめた。
「リオ様。これからは、相手の気持ちを少し考えてみてください」
「相手の気持ち?」
「そうです。例えば、私が急にリオ様のお世話をすると言いだしたら、どんな気持ちになりますか? 驚くでしょ――」
「嬉しい!」
「……」
満面の笑みを浮かべて食い気味に即答されてしまったわ。
「そ、そうではなく! 普通は驚いてしまうのです!」
「そうなのか?」
リオ様からは分かったような分かっていないような返事が返ってくる。
なるほど、私の例え話が分かりにくかったのね。
「では、私が急にリオ様の腕を締め上げたらどう思いますか⁉」
「セレナが俺を? 想像がつかないな。少しやってみてくれ」
「あっ、そうですね」
私はリオ様の手を取って背中に回してみた。
「え、えっと、こんな感じですか?」
人を締め上げたことがないので、どうしたらいいのか分からない。
困ってエディ様を見ると、なんだか生暖かい目を向けられていた。代わりにコニーが駆け寄って来て「ここを持って、この腕をこうですよ、こう!」と教えてくれる。
言われた通りに頑張っても、リオ様は少しも痛がっていない。
私が「どうですか?」と尋ねると「力が足りない。護身のために、セレナも少し鍛えたほうがいいかもな」と真面目に返事されてしまう。
「そうですね……じゃなくて!」
すっかりリオ様のペースに乗せられてしまっているわ。流れを変えないと!
「で、では、私が男性でリオ様が女性だとします。その状態で、私がいきなりリオ様を肩に担いだらどうしますか⁉」
「え? セレナが男……? ちょっと待って、想像するから」
うーんと言いながら腕を組んだリオ様の顔は、どんどん青くなっていく。
これはうまく伝わったようね。
私が「どうでしたか?」と尋ねると、リオ様はなぜか涙目になっていた。
「超絶美形で内面まで完璧なセレナ卿が令嬢達にモテすぎて、俺なんて相手にしてもらえなかった……」
「一体、なんの想像をしているんですか⁉」
こ、これはなかなか大変だわ。
私を養子に迎えてくれたお母様――ターチェ伯爵夫人は、どうやってリオ様にお説教していたのかしら?
お母様に怒られたあとのリオ様は、反省してしょんぼりしていた。
あのことが、どれだけすごいことだったのか、今になって分かってしまった。
今度、お母様に手紙でお説教の仕方を教えてもらわないと……。
ため息をつく私にアレッタが「少し休憩して、お茶でもいかがですか?」と聞いてくれる。
「そうね」
私は運ばれてきたケーキを見て、ハッといいことを思いついた。
「そうだわ! このケーキを私がリオ様に食べさせたら、すごく恥ずかしい気持ちに――」
パァアと表情を明るくするリオ様の横で、コニーが「いや、それじゃあタダのご褒美ですよ!」と叫んだ。
「セレナお嬢様が何をしても、リオ様は嬉しいんですって!」
エディ様が慌てて「おい弟子! 空気よめ‼」とコニーの襟首を掴む。
「嫌です! セレナお嬢様がこんなに頑張っているのに、リオ様にはぜんぜん伝わっていないじゃないですか!」
「そうね。私もぜんぜん伝わっていないと思って困っていたわ」
「ですよね⁉ セレナお嬢様を困らせるなんて、たとえリオ様でも許せません!」
「じゃあ、コニーはどうしたらいいと思う?」
「ようするに、セレナお嬢様じゃなかったらいいんですよ」
コニーは、襟首を掴んでいるエディ様を見上げてニヤリと口端を上げた。
数分後。
エディ様にケーキを食べさせてもらっていたリオ様が、しょんぼりしながら「すみませんでした」と謝ってくれた。
「俺がよかれと思ったことでも、相手に苦痛を与えることがあるんだな……」
「そう、そうなんですよ! 分かってもらえて嬉しいです!」
「これからはどうしたらいい?」
「行動する前に、一呼吸置いて、相手にそうしていいか聞いてみてください。例えば、シンシア様の場合でしたら、肩に担いでいいですか? と」
「嫌だと言われたら?」
「じゃあ、どうしてほしいか相手にもう一度聞いてください。そうしたら、相手のしてほしいことが分かりますから」
「なるほど、分かった。ありがとう、セレナ」
ニコッとリオ様に微笑みかけられて、私は達成感に満たされた。
そんな私達の側で、エディ様が青い顔をしている。
「あの、セレナ様? 俺にも無駄にダメージが入っているんですが?」
コニーがバシッとエディ様の背中を叩いた。
「何言ってんですか! 大切な主のためなんだからなんでもしないと!」
「いや、俺がこんな目に遭ったのは、おまえのせいだろうが⁉」
少し離れた場所でお茶のおかわりを淹れていたアレッタが、クスクスと笑いながら「平和ですねぇ」と呟いた。
「こんなことになってしまい、本当にすまない!」とリオ様は私に何度も謝ってくれたけど、私は少しも怒っていない。
むしろ、日課の鍛錬に行かないリオ様と、朝から晩までお部屋でのんびり過ごせるのは貴重ね、なんて思ってしまっていた。
「リオ様。そんなに謝らないでください。結婚式まで本当にあと少しですから、のんびり過ごしましょう」
「セレナ……そうだな」
ようやくリオ様がいつもの雰囲気に戻ってくれてホッとする。
そんな私の手をリオ様がしっかりと握りしめた。
「じゃあ、お詫びに結婚式が終わるまで、俺がセレナのお世話をしよう!」
いつかどこかで聞いたそのセリフに、私はスッと笑みを消す。
私の骨にヒビが入っていた頃にも、リオ様に言われたこのセリフ。
あのときは、移動中にエスコートでもしてくれるのかしら? なんて思い、つい頷いてしまった。
その結果、抱きかかえられて庭園を散歩させられるわ、食事のときは小さな子供のように私に食べさせようとするわで、本当に恥ずかしかった。
今度は何をされるのか想像すらつかない。
「……遠慮します」
「え?」
驚くリオ様に私は冷たい視線を向ける。
ライラ様へのやらかしや、シンシア様を肩に担いだことなど、やっぱり一度ちゃんとお説教したほうがいいわ。
「リオ様」
私があえてきつい口調で名前を呼ぶと、リオ様はなぜか頬を赤く染める。
「ぐっ! 懐く前の山猫セレナ、久しぶり……!」
「なんの話ですか?」
「なんでもないです!」
そう言いながらも、何かを耐えるように肩を小刻みに震わせている。
今までの経験上、リオ様がこういう態度を取るときは、私のことを可愛いと思ってくれているときが多い。
怒っているのに、可愛いとは?
リオ様の考えることは、未だに分からないときがある。
「これは真面目な話ですよ?」
「は、はい!」
「リオ様は私だけが特別と言ってくれましたね。それはとても嬉しかったです」
私だって、リオ様が他の女性を大切にしているところは見たくない。
でも、さすがにこのままでは、また別の女性にやらかしてしまう可能性が高い。それは次期バルゴア領の当主として避けなければいけない。
私はリオ様を真っすぐ見つめた。
「リオ様。これからは、相手の気持ちを少し考えてみてください」
「相手の気持ち?」
「そうです。例えば、私が急にリオ様のお世話をすると言いだしたら、どんな気持ちになりますか? 驚くでしょ――」
「嬉しい!」
「……」
満面の笑みを浮かべて食い気味に即答されてしまったわ。
「そ、そうではなく! 普通は驚いてしまうのです!」
「そうなのか?」
リオ様からは分かったような分かっていないような返事が返ってくる。
なるほど、私の例え話が分かりにくかったのね。
「では、私が急にリオ様の腕を締め上げたらどう思いますか⁉」
「セレナが俺を? 想像がつかないな。少しやってみてくれ」
「あっ、そうですね」
私はリオ様の手を取って背中に回してみた。
「え、えっと、こんな感じですか?」
人を締め上げたことがないので、どうしたらいいのか分からない。
困ってエディ様を見ると、なんだか生暖かい目を向けられていた。代わりにコニーが駆け寄って来て「ここを持って、この腕をこうですよ、こう!」と教えてくれる。
言われた通りに頑張っても、リオ様は少しも痛がっていない。
私が「どうですか?」と尋ねると「力が足りない。護身のために、セレナも少し鍛えたほうがいいかもな」と真面目に返事されてしまう。
「そうですね……じゃなくて!」
すっかりリオ様のペースに乗せられてしまっているわ。流れを変えないと!
「で、では、私が男性でリオ様が女性だとします。その状態で、私がいきなりリオ様を肩に担いだらどうしますか⁉」
「え? セレナが男……? ちょっと待って、想像するから」
うーんと言いながら腕を組んだリオ様の顔は、どんどん青くなっていく。
これはうまく伝わったようね。
私が「どうでしたか?」と尋ねると、リオ様はなぜか涙目になっていた。
「超絶美形で内面まで完璧なセレナ卿が令嬢達にモテすぎて、俺なんて相手にしてもらえなかった……」
「一体、なんの想像をしているんですか⁉」
こ、これはなかなか大変だわ。
私を養子に迎えてくれたお母様――ターチェ伯爵夫人は、どうやってリオ様にお説教していたのかしら?
お母様に怒られたあとのリオ様は、反省してしょんぼりしていた。
あのことが、どれだけすごいことだったのか、今になって分かってしまった。
今度、お母様に手紙でお説教の仕方を教えてもらわないと……。
ため息をつく私にアレッタが「少し休憩して、お茶でもいかがですか?」と聞いてくれる。
「そうね」
私は運ばれてきたケーキを見て、ハッといいことを思いついた。
「そうだわ! このケーキを私がリオ様に食べさせたら、すごく恥ずかしい気持ちに――」
パァアと表情を明るくするリオ様の横で、コニーが「いや、それじゃあタダのご褒美ですよ!」と叫んだ。
「セレナお嬢様が何をしても、リオ様は嬉しいんですって!」
エディ様が慌てて「おい弟子! 空気よめ‼」とコニーの襟首を掴む。
「嫌です! セレナお嬢様がこんなに頑張っているのに、リオ様にはぜんぜん伝わっていないじゃないですか!」
「そうね。私もぜんぜん伝わっていないと思って困っていたわ」
「ですよね⁉ セレナお嬢様を困らせるなんて、たとえリオ様でも許せません!」
「じゃあ、コニーはどうしたらいいと思う?」
「ようするに、セレナお嬢様じゃなかったらいいんですよ」
コニーは、襟首を掴んでいるエディ様を見上げてニヤリと口端を上げた。
数分後。
エディ様にケーキを食べさせてもらっていたリオ様が、しょんぼりしながら「すみませんでした」と謝ってくれた。
「俺がよかれと思ったことでも、相手に苦痛を与えることがあるんだな……」
「そう、そうなんですよ! 分かってもらえて嬉しいです!」
「これからはどうしたらいい?」
「行動する前に、一呼吸置いて、相手にそうしていいか聞いてみてください。例えば、シンシア様の場合でしたら、肩に担いでいいですか? と」
「嫌だと言われたら?」
「じゃあ、どうしてほしいか相手にもう一度聞いてください。そうしたら、相手のしてほしいことが分かりますから」
「なるほど、分かった。ありがとう、セレナ」
ニコッとリオ様に微笑みかけられて、私は達成感に満たされた。
そんな私達の側で、エディ様が青い顔をしている。
「あの、セレナ様? 俺にも無駄にダメージが入っているんですが?」
コニーがバシッとエディ様の背中を叩いた。
「何言ってんですか! 大切な主のためなんだからなんでもしないと!」
「いや、俺がこんな目に遭ったのは、おまえのせいだろうが⁉」
少し離れた場所でお茶のおかわりを淹れていたアレッタが、クスクスと笑いながら「平和ですねぇ」と呟いた。