Re:活 前略旦那様 私今から不倫します

 モラトリアムなんて言えば聞こえはいいが、要するに普通の会社員はどう考えても向いていないし、両親もわかっているから敢えて自由にさせている節がある。

「沙羅は?」
「私も夢なんてありません。ただ自立できればなんでもいいんです」
「俺と違って真人間だからね、どこへ行ってもやっていけるよ」
「……私は人より恵まれているわけじゃないから、地べたを這いずってでも進まないと、普通に辿りつけないんです」

 その言葉に、沙羅のこれまでの人生が容易なものではなかったことを知る。自分の知らない寂しくて悲しい過去がきっとあるのだろう。
 それでも、いや、だからこそ、やはりこの子が好きだと思う。

「俺は恵まれてるんだと思う。けど自分が何者でもないことに焦って、世界を回って考えてるのかもしれない」

 本当はまず自分が何者でもないことを認めることからしか、なにも始まらない。そんなことが分かり始めた時期でもあった。

「私のぶんも見てきてください。辻村さんがいつか見せてくれた沙羅双樹の花の写真、素敵だった。あれを見て、私自分の名前が嫌いじゃなくなりました」
「どうして嫌いだったか聞いてもいい?」
「父がつけてくれた名前なんです。でも父親は私と母を捨てて、別の女性のところへ行ってしまいました。諸行無常って感じがするでしょう?」
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