来世でまた会おう。
 ピッ、、、ピッ、、、ピッ、、、



 一定のリズムで聞こえてくる機械音。ツンと鼻に残る消毒液と薬の匂い。

 目を開けようとしても上手く開けられない。少し戸惑いながらも私は身体全身に力を入れた。



「あ……動いた、お母さん今手が動いたよ」雪の声が聞こえた。

「綾……ねぇ、大丈夫綾!」続けて聞こえたのは母の声だ。

 どうやら私を心配しているようだ。

 力をふり絞り私は声を出してみた。

「お、、かぁ、、」思ったように声が出ない。

「大丈夫よ、お母さんここにいるから」震えた声で母はそう言ってくれた。

 私は、母の声を聞いて安心したのか、だんだんだんだんぼんやりと意識がなくなっていった。



 私が目を覚ましたのは、母の声を聞いて一日たった頃らしい。

 病院で寝ている間、姉の雪は「私がちゃんと見てなかったからだ、お姉ちゃんなのに置いてけぼりにしたせいだ」とわんわん泣いていたらしい。責任感がありしっかり屋さんの姉が、こんなに泣いたのは初めてだったそうだ。



 母の話によれば私は溺れてしまっていたらしい。姉が一番に私の浮き輪を発見し探していたみたいだ。私を発見した時には、息をしていない状態だったらしく、慌てて救急車を呼んで病院に連れてきてもらったそうだ。



 医者が言うには、もう少し発見するのが遅れていたら命の危険があったみたいで、私は姉に心の底から感謝をした。

「綾、注射の時間だよー!」目を赤くして笑いながら姉が走ってきた。



「もうやめてよお姉ちゃん」私も笑いながら言った。

 私の病室には四つのベットがあり、入口から入って左奥の窓側の場所だ。緊急入院ということもあってか同室にはお年寄りばかりがいた。



 同室の人達はとても優しく、私達姉妹にアメをくれたりせんべいをくれたりで自分の孫の様に接してくれる。



 お菓子をあげたことが看護婦さんにバレてしまい、何度か注意されているところを見た。

お年寄りになっても怒られることがあるんだ、と私は一つ学んだ。



 目の前のおばあちゃんが「あらお姉ちゃん、昨日までわんわん泣いていたから入院するのはお嬢ちゃんだと思ったよ」と姉のことをからかいだす。



「もー、言わないって約束だったでしょ!」ほっぺたをふくらまして姉が言った。



 まだ一日しか入院していないのに、姉がおばあちゃんとこんなに仲良くなっていることには正直驚いた。姉は真面目でしっかり屋さんだが、極度の人見知りをするタイプだ。私は誰彼構わず声をかける性格だからみんなからはよく正反対だねと言われる。



 おばあちゃんになると子供と打ち解けやすくなるのか、と私はまた一つ学んだ。



 私はお母さんと一緒に先生に呼び出された。どうやら退院する前にいろいろと話を聞きたいそうだ。



 待合室で三十分ほどたった頃「綾さーん。斉藤綾さーん。」少しふくよかな看護婦さんが私の名前を呼んだ。



「はい」母がそう言い、二人で診察室に入る。

「失礼します」ドアを開けながら母は先生に会釈をした。

 部屋の中は、有名キャラクターのおにんぎょうやポスターがちらほらと並べられていた。



 椅子に座って笑いかけてくれたのは、四十代前半らしき眼鏡をかけた爽やかな先生だった。



「斉藤綾ちゃんであってますよね?」先生がこう聞くと母は食い気味で「はい」と裏声になって答えた。

 一瞬部屋の中が静まり返ったが、先生が気を聞かせて「お母さん落ち着いてください、大丈夫ですよ。二人とも座ってください」とにっこり言った。

「すいません」と言うと、母は顔を赤らめながら椅子に座った。

 先ほどまでにっこりしていた先生の顔が真剣になり。

「辛い事を思い出させるかもしれないけど聞いてもいいかな?」と先生は私に質問をする。

「うん、大丈夫だよ」私は答えた。

「綾ちゃんはなんでこの病院に来たか分かるかな?」

「海で溺れちゃったから……だよね?」不安そうに私は言った。

「うん、そうなんだ。お姉ちゃんが一番に見つけくれたみたいなんだ、後でちゃんとありがとうって言うんだよ」

「うん、分かった」

「じゃあさ、なんで溺れちゃったか分かるかな?」部屋中が静まり返った。秒針の音だけが部屋の中で聞こえる。

 数秒後、綾は答えた。

「なんかね、右足が急に動かなくなったんだよね」

「そうだったんだね、他になにか身体に変なこととかなかった?」

「うーん。他には何もなかったきがするよ」

「うん、そうなんだね。ありがとう」そう言って私の診察が終わった。



 病室に戻ると、母は先生ともう少し話があるみたいで私は一人母の帰りを待った。

 三十分ほどたった後、母は帰ってきて「うん、退院していいんだって」とにこっと私に言った。

 



 退院した日の晩、父と母が話し合いをしている。どうやら私の話をしているみたいだ。

 



 母が先生と二人で話をしているときに、私が昔から虚弱体質なこと、熱を出したら長い時は治るまで半月くらいかかること、母の父親も病弱だったことや今回急に右足が動かなくなったことが不安になり先生に相談したら、大きい病院で一度検査をしてみることを進めたそうだ。

 



 母は心配性という性格もあり、病弱な私の話になると過度な心配をしてしまうみたいだ。父は母とは真逆で、何事もなんとかなるだろう。と考える様な能天気な人だ。



 父は、過保護過ぎる母に言う。

「流石に検査までは大袈裟なんじゃないか?」

「そんなことないわよ、何かあってからじゃ遅いんだから。あなたは自分の娘が心配じゃないの?」父を睨みつけながら母は言った。



「どうせあれでしょ、またお金が掛かるのが嫌なんでしょ。こんなケチ臭い人と結婚するんじゃなかった。どうせあんたは子供のことなんて全く考えてないんでしょ!」

「なんだよその言い方、オレだってちゃんと仕事して家にお金入れてるだろ。お前は社会に出てお金を稼ぐ大変さを全く分かっていないんだ。子供のことだってオレなりにちゃんと考えてるよ!」





 まただ……両親は私の話になるといつもケンカしてしまう。私は姉に比べるとお金が掛かってしまう人間だ。



 もちろんそのことは少し前から気づいていた。毎年二人分貰えてたはずのクリスマスプレゼントが、二人で遊べる一つのおもちゃになったり、誕生日に友達を呼びたいと相談したら父に嫌な顔をされたから断った。私がよく体調を壊してしまうせいで、病院代で家計を苦しめていることは事実だ。

 

 両親がケンカをするといつも、私の話、お金の話、結婚するんじゃなかった、の順に話は進んでいく。 私のせいで姉がないがしろにされているのは申し訳ないと思っている。





 両親の話を姉と一緒に盗み聞きしていた。また私のせいでケンカをしてしまった。落ち込んで肩を落としている私を姉がぎゅっと抱きしめてくれた。

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