お義兄さん、ときどき狼
お義兄さん、ときどき狼
佳織のお義兄さんは、まいるどな人だ。
「おじさん疲れちゃった……」
会社から帰って来ると、大体そう言ってくちゃりとこたつの前でへしゃげる。
佳織はその前に座って、よしよしとお義兄さんの頭をなでる。
「おつかれ、お義兄さん」
「おじさんには寒さが身に染みる時期になりました……」
お義兄さんは三十代で、ちょっとおじさんは早いんじゃないかなと思うけど、本人がそう言うんだから仕方ない。
佳織はお義兄さんの髪を手ぐしで直しながら言う。
「今日も鍋だけどいい?」
「おーけーです。ありがとう」
お義兄さんは佳織の雑なメニュールーティンに文句一つ言ったことがない。
いわしだけのおかずでも美味しそうに食べる。週五回の鍋もあったかいって言う。
姉さんが酔っ払って結婚しよって言ったら、お義兄さんはいいよって聞いちゃった。姉さんは一回もお家に帰ってこないのに。
佳織が台所に立つと、その間にお義兄さんが自室に行って着替える気配がした。
戻ってきたお義兄さんは、狼だった。
「……お義兄さん、さっきまでのどこにえっちな気分が?」
佳織はいつもながら不思議で、遠い目をしながら問いかける。
お義兄さんはえっちな気分をもよおすと、狼になる。物理的に。
灰色の毛並みでへしゃりと頭を下げて、お義兄さんはもぞもぞと言う。
「佳織ちゃんに敏感なとこをなでなでされたから」
「誤解のないよう。頭をなでました」
「佳織ちゃんのいい匂いをくんくんしたから」
「それは今では?」
数秒前からお義兄さんは佳織にのしかかって、首の辺りに顔を埋めていた。
佳織はどうしようという風に手で虚空をなでて言う。
「……お義兄さん」
「お姫様のキスですぐ戻るけど」
「今の状態で戻っちゃった方が問題なんじゃないかな」
素っ裸の男に押し倒されているところから始まるろまんすは、ちょっと御免こうむる。
幸い、お義兄さんはまいるどな人だ。自分から佳織の上をどいて、こたつの中にインする。
「鍋を食べて頭を冷やします」
冷えるメニューじゃないけどなぁ。佳織はそう思いながらも、お義兄さんの前に鍋の具を取って並べた。
佳織もお義兄さんの横に入って、ふさふさのお義兄さんをなでながら食べるのを見ていた。
こたつで体が温まって、佳織はちょっとうとうとしていたらしい。子どもの頃を思い出していた。
ずっと前、姉さんの恋人だった人にえっちなことをされそうになった。怖くて怖くて、佳織は毎日その頃飼っていた犬とお布団にこもっていた。
神さまはそのへんのことをくるくるって混ぜて、お義兄さんを佳織に引き合わせてくれた気がする。
佳織はお義兄さんがふつうのお義兄さんに戻っても、まだ一緒にこたつで並んでくっついていた。
お義兄さんは佳織の頬をふにふにとなでて言う。
「佳織ちゃんがお義兄さんを怖くなくなったとき」
近い距離でお義兄さんにみつめられて、佳織はどきっとした。
お義兄さんは佳織の頭をぽんぽんする。
「……お義兄さんは、違う魔法にかかる気がします」
佳織もそんな気がして、ぽんぽんされながらはにかんだ。
今の佳織は子どもの頃神さまに願ったみたいに、ちょっとずつ夢を見ている最中。
「おじさん疲れちゃった……」
会社から帰って来ると、大体そう言ってくちゃりとこたつの前でへしゃげる。
佳織はその前に座って、よしよしとお義兄さんの頭をなでる。
「おつかれ、お義兄さん」
「おじさんには寒さが身に染みる時期になりました……」
お義兄さんは三十代で、ちょっとおじさんは早いんじゃないかなと思うけど、本人がそう言うんだから仕方ない。
佳織はお義兄さんの髪を手ぐしで直しながら言う。
「今日も鍋だけどいい?」
「おーけーです。ありがとう」
お義兄さんは佳織の雑なメニュールーティンに文句一つ言ったことがない。
いわしだけのおかずでも美味しそうに食べる。週五回の鍋もあったかいって言う。
姉さんが酔っ払って結婚しよって言ったら、お義兄さんはいいよって聞いちゃった。姉さんは一回もお家に帰ってこないのに。
佳織が台所に立つと、その間にお義兄さんが自室に行って着替える気配がした。
戻ってきたお義兄さんは、狼だった。
「……お義兄さん、さっきまでのどこにえっちな気分が?」
佳織はいつもながら不思議で、遠い目をしながら問いかける。
お義兄さんはえっちな気分をもよおすと、狼になる。物理的に。
灰色の毛並みでへしゃりと頭を下げて、お義兄さんはもぞもぞと言う。
「佳織ちゃんに敏感なとこをなでなでされたから」
「誤解のないよう。頭をなでました」
「佳織ちゃんのいい匂いをくんくんしたから」
「それは今では?」
数秒前からお義兄さんは佳織にのしかかって、首の辺りに顔を埋めていた。
佳織はどうしようという風に手で虚空をなでて言う。
「……お義兄さん」
「お姫様のキスですぐ戻るけど」
「今の状態で戻っちゃった方が問題なんじゃないかな」
素っ裸の男に押し倒されているところから始まるろまんすは、ちょっと御免こうむる。
幸い、お義兄さんはまいるどな人だ。自分から佳織の上をどいて、こたつの中にインする。
「鍋を食べて頭を冷やします」
冷えるメニューじゃないけどなぁ。佳織はそう思いながらも、お義兄さんの前に鍋の具を取って並べた。
佳織もお義兄さんの横に入って、ふさふさのお義兄さんをなでながら食べるのを見ていた。
こたつで体が温まって、佳織はちょっとうとうとしていたらしい。子どもの頃を思い出していた。
ずっと前、姉さんの恋人だった人にえっちなことをされそうになった。怖くて怖くて、佳織は毎日その頃飼っていた犬とお布団にこもっていた。
神さまはそのへんのことをくるくるって混ぜて、お義兄さんを佳織に引き合わせてくれた気がする。
佳織はお義兄さんがふつうのお義兄さんに戻っても、まだ一緒にこたつで並んでくっついていた。
お義兄さんは佳織の頬をふにふにとなでて言う。
「佳織ちゃんがお義兄さんを怖くなくなったとき」
近い距離でお義兄さんにみつめられて、佳織はどきっとした。
お義兄さんは佳織の頭をぽんぽんする。
「……お義兄さんは、違う魔法にかかる気がします」
佳織もそんな気がして、ぽんぽんされながらはにかんだ。
今の佳織は子どもの頃神さまに願ったみたいに、ちょっとずつ夢を見ている最中。