旗をふれ!

 星君に肩を借りて、辛うじて歩いて保健室までやって来れた。
 保健室の先生に、軽い熱中症だと告げられ、おでこにひんやりシートを貼られた。

「いくら少し涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い日が続いてるんだから、ちゃんと水分補給しなさい。応援合戦と閉会式以外は、学ランを脱いで応援すること」
「……はい」
「とりあえず、少し休みなさい」

 そう言われて、私はおとなしく保健室のベッドに横になった。

「僕、先生にスポーツドリンクもらってくる。吉川さんはお昼、ここで食べなよ。教室より涼しいし。吉川さんのお弁当、持ってきてあげるから。いいですよね? 先生」

「生徒会長のお願いなら断れないなあ。まあ吉川さんも、保健委員としてこの前の生徒向けの応急処置講座の手伝い、頑張ってくれたし。それに免じて、今日だけは許可しよう」

「やったね」と星君は私に目配せした。
 その表情に、胸がキュンと鳴った。

「じゃあ、お弁当とってくるね」

 そう言って、星君は保健室を出て行った。

「私も担任の先生に報告してくるから、少し外すわね。すぐに戻って来るから」

「ああ、はい」と私が返事し終わる前に、先生は保健室から出て行った。

 保健室は急に静かになった。
 こうやって保健室のベッドに横になっていると、今日が体育祭だということを忘れてしまいそうだ。

 腕を顔の上に乗せると、顔全体が熱っぽかった。

 午後からは応援合戦もある。
 こんなところで倒れてる場合じゃないのに。
 情けない。

 腕で目元を覆うと、視界が真っ暗になった。
 その時、がらりと扉が開く音がした。
 こちらに足音が向かっている気配を感じた。
 星君だろうかと、目元を覆った腕を少しずらした。
 うっすら開けると、腕で目元を抑えつけていたからか、視界が白んでいる。
 徐々に視界がはっきりしてくると、薄目だった私の目が全開した。


「い、一ノ瀬君……?」


 ベッドのそばに立っていたのは、一ノ瀬君だった。

「な、なんで……」
「団長が一番にへばってんじゃん」

 私の質問には答えず、一ノ瀬君は鼻で笑って言った。

 思いもよらぬお見舞いに、思わず後ずさった。
 警戒心全開の私に、一ノ瀬君は冷たい口調で続けた。

「だから言ったじゃん。女子が団長なんて、できんの?って。学ラン着て走り回って、団旗振り回して声張り上げて。そんなの、女子には無理に決まってんじゃん。体力的にもきついでしょ。女子ならさ、普通チアみたいなかわいい格好の方が好きなんじゃないの? 無理して学ラン着て、男子と同じことやる必要なくない?」

 私を見降ろす、蔑むような目。
 バカにしたような口調。
 見下した態度。
 目の前に立つ一ノ瀬拓海という存在のすべてが、不快でしかなかった。
 彼が、いくらイケメンであったとしても。

 私に浴びせる言葉のすべてが、胸をぐっと握りつぶしてきて、痛くて苦しい。

「やっぱり女子に団長なんて、はじめから無理なんだって」

 はっきり、きっぱり放たれた言葉に、私の頭の中で、ぷつんと音が鳴った。

「女子だって……」
「……え? なに? 何も聞こえないんだけど」
「女子だって、カッコよくなりたい時があるんだよ」

 自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
 一ノ瀬君も同じだったのか、目を丸くして呆然としている。
 だけど私は構わず一ノ瀬君に迫るように言った。

「女の子だって、かわいいヒロインじゃなくて、かっこいいヒーローになりたい時があるんだよ」
「はあ? 何言ってんの?」
「私は、一ノ瀬君みたいな男子に心配されるほど柔じゃないから」
「心配なんかしてないし」
「と、とにかく、私は、最後まで白組団長として、全力を尽くす……だから……」

 私は一ノ瀬君と視線の高さを同じにして、人差し指をその整った顔に突き付けて言った。

「一ノ瀬君も、最後まで、正々堂々と戦って。女子だからって手抜いたら、承知しないから」

 私たちはしばらくお互いの鋭い視線を交し合った。
 呼吸をするたび、突きつけた指先が上下に激しく揺れた。
 合わせた目が、一ノ瀬君の目から逃げたがる。
 だけどそれを堪えた。
 その結果、最初に目をそらしたのは、一ノ瀬君だった。

「あっそ」

 それだけ言って、一ノ瀬君は保健室を出て行った。

 一ノ瀬君が出て行くと、私は前のめりにベッドに倒れこんだ。
  血液が一気に流れ込んだかのように、バクバクと心臓が忙しなく動き始めた。
 呼吸は乱れ、息を吸うたび胸の辺りからヒューヒューと変な音が出る。

__い……言ってしまったーーー。

 なんであんなことを言ってしまったんだろう。
 自分でもわからない。
 前の私なら、こんな風に言い返すことなんてしなかった。
 言われたい放題言われても、何も言い返せずにうつむいているだけだった。
 だけど、言わずにはいられなかった。

 だって、悔しかったから。
 負けたくなかったから。

 手がまだ震えていた。
 その手をぎゅっと握りしめて、力強く拳を作った。
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