旗をふれ!

 団員たちが走って捌けていく最後尾で、私は泣きながらその後を追った。
 チアリーダーの格好をした女の子たちが、私の背中をさすったり肩に手を置いたりして、一緒に退場してくれた。

 情けない。
 こんなの、カッコ悪すぎる。

「みんな、ごめん」

 そんな言葉しか言えない自分が、やっぱり情けなくて惨めで、また涙が出てきた。

「気にすることないって」
「午後の部、始まったばっかじゃん」
「これからだって」

 みんなが当然のように慰めの言葉をかけてくれる。
 だけどそれは、本来なら団長である私が言うべき言葉なのだ。
 こういう時こそ、団長がドンと構えて立て直さなきゃいけないのに。
 それが団長のあるべき姿のなのに。
 その団長が失敗して、落ち込んで、足引っ張って、泣いて、心配かけて。

 自分が嫌になる。

「吉川さん」

 星君が私に近づいて声をかけてきた。
 その手には、ティッシュと救急箱が携えられている。

「星君も、ごめん。最後……。声、出なくなっちゃって。挨拶……」
「気にしないでよ。こんなのみんなでフォローしたらいいんだよ。同じ応援団の仲間なんだし」

 星君はティッシュで私の頬を流れる涙を優しく拭きながら言った。

「私、団長失格だよね。こんな大事なところで失敗しちゃうなんて。自分が、許せない」
「大丈夫だよ、吉川さん。誰にだって失敗はある。大事なのは、そこからどうやって持ち直すかだよ。まだまだこれからじゃん」

 頬の傷に、星君は消毒液をしみこませたティッシュをポンポンと抑えつけた。
 それなのに、私の涙にその消毒液が流される。

「私は団長のくせに、星君みたいなことも言えない。みんなを励ましたりできない。逆にみんなに迷惑かけるばっかりで。そんな頼りない私が応援団なんて、応援団長なんて、やっぱり無理だったんだよ。やっぱり、団長は星君がなるべきだったんだよ。みんなそう思ってるよ」

「そんなことないよ。みんな、吉川さんが団長で良かったって思ってる。そりゃあ、はじめはさ、ちょっと頼りないとこもあったり、声も小さくてみんなに指示が届かなかったり、すぐテンパっちゃって失敗に失敗を重ねてたけどさ。でも吉川さんはいつも一生懸命で、努力もいっぱいしてて、みんなへの気配りもできて、自分から行動もできてる。さっきの応援だって、吉川さんがみんなのこと引っ張ってくれてたんじゃん」

「そんなこと……ないよ」

 星君は私の言葉に首を横に振って、穏やかな声で諭すように続ける。

「吉川さんは気づいてないかもしれないけど、吉川さんの姿が、みんなの心を動かしてるんだよ。吉川さんの頑張る姿に、みんなが勇気づけられて、励まされて、もっと頑張ろうって思える。だから今日の応援はいつも以上に声が出てたし、一体感もあった。今までで一番良い応援だったよ」

 そして星君は、穏やかな目を私の目とまっすぐ合わせてから言った。

「吉川さんの声は、ちゃんとみんなに届いてるよ」

「……え?」

「吉川さんのこと、今では僕たち応援団員だけじゃなくて、白組みんなが頼りにしてる。吉川さんは、白組には欠かせない存在だよ」

 星君の言葉に、胸が震えた。
 また涙があふれてくる。

「それにさ……」と星君は急に声を潜め、私にそっと体を寄せた。

「そういう頑張ってる姿がさ……かわいいんだよね」

 不意に放たれた言葉に、「え?」と言葉と共に、どきんと胸が鳴る。

「吉川さん見てるとさ、守ってあげたくなるっていうか、放っておけないっていうか。そこが吉川さんの魅力だと思うんだ。愛されキャラっていうか。……だからみんな、吉川さんのことが好きになる」

 どこかおどおどした言い方が、いつもの星君らしくなかった。
 大きな絆創膏を私の頬に貼るその指先が、少し冷たい。
 星君を見ると、少し恥ずかしそうに目を背けている。

「僕も、そういう吉川さんのことが……」


 パンッ!


 ピストルの音に、視線が一気にそちらに連れ去られた。


「行くぞっ」

「「「おーーーーー」」」

「「「「わあああーーーーーーーー」」」」


 後攻、紅組の応援が始まった。

 一発目の「行くぞっ」から迫力が違った。
 空気を震わせるような一ノ瀬君の掛け声。
 目も耳も奪われそうになる。
 女子と男子の違いを、まざまざと見せつけられた気がした。

「これから 紅組の 応援を 始めます よろしくお願いします」

 一ノ瀬君の声が、高い空を貫いていく。

 そして始まった紅組の演技は、終始堂々としていて、迫力があった。
 応援席の手拍子も気持ち良く完璧にそろっていて、耳の鼓膜を破られそうなほど大きな音だった。
 アクロバティックな男子たちの演技に、学ランの裾が豪快に翻る。
 それを彩るチアリーダーの振り付け。
 かわいいというより、色気があって大人っぽい。
 衣裳は確かにチアリーダーそのものだけど、赤と黒という組み合わせが、妖艶さを引き出しているようにも見える。

 誰もがキラキラと輝く汗を飛ばし、活き活きと演技をしている。
 どの演技にも目を奪われた。
 息をのんだ。
 演技が終わるたびに、ため息が漏れた。


__かっこいい。


 圧巻のカッコよさに、感動して、悔しくて、胸を打たれて、悔しくて、何度も涙がこみ上げてきた。

 そして私の目を何度も引き付けるのは、その中心にいる一ノ瀬君だ。
 みんなが彼を見ている。
 信頼の眼差しが彼に注がれる。
 誰もがその姿に引き付けられて、見とれて。
 紅組応援団や紅組の生徒はもちろん、審査員席の大人たちも、本部のテントにいる人たちも。
 そして、白組の応援席も、応援団たちも。

 絶対的リーダー。

 彼の姿はまさしく、その名にふさわしかった。
 
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