シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「前埜さん、大丈夫?」

 朝のミーティングの最中、料理長に聞かれた。
 どうやらぼんやりしていたらしい。
 はっと顔を上げると、料理長は労るように目尻を下げた。

「悪阻とか、しんどかったら休んでも大丈夫だからね」

 オーベルジュの社員寮を出たいと告げた時、オーナーも料理長も何も聞いてこなかった。
 誰の子とは告げていないが、妊娠したことも告げていた。私に彼氏ができたとか、そういうふうに思っているのだろう。
 寮の荷物はそのままにしてある。コックコートやスケッチブックは、職場にあったほうが便利だろうというオーナーの計らいだ。

「大丈夫です! 私はこのオーベルジュの、デセール担当ですから!」

 はっとして告げた。
 私がしなければならないことは、このオーベルジュのデセール部門のシェフとしてあること。
 最高のデセールを、お客様に提供することだ。

 幾美家のパーティーに私が起用されてから、ここへの問い合わせも増えたという。
 紹介という形で、会員も徐々に増えつつあるのだ。

「期待していらっしゃる皆様に、最高のお料理に合うデセールを提供するのが私の使命なので」

 言うと、料理長は困ったように笑う。

「頑張りすぎないでね」

「はいっ!」

 空元気でも、今は元気だ。
 窓の外を降り続く雨音に負けないように、返事をした。

「それで早速なんだけど、今日の――」

 料理長が言いかけた所で、厨房の扉がガラリと勢いよく開いた。

「料理長、大変です! 幾美様が――っ!」
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