シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 準備中のオーベルジュは、テーブルが端によせられている。
 その間をぬって、私と料理長はレセプションへと急いだ。

 幾美家の奥様がご来店されているらしい。
 それも、かなりお怒りの様子で。

 オーナーが不在の今日、オーベルジュを任されているのは料理長だ。
 それを知っているレセプション担当が、慌てて料理長に知らせに来たのだ。

「だから、慧悟はここにいるんじゃないかって聞いてるの! 答えないなら私が――」

「幾美様、お待ち下さい!」

 レセプション担当が螺旋状の木製階段を登ろうとしている奥様を、必死に止めている。
 
「幾美様――っ!」

 料理長が叫ぶと、奥様が動きを止める。
 そのままこちらを振り返った奥様と、目が合った。

 奥様の眉間に、怒りの皺が寄る。
 私の心臓は、ドクリと急激に嫌な音を立て始めた。

「あなたよ! あなたが慧悟をたぶらかしたのよ!」

 奥様はまるで犯人は私だと言うように言葉で噛みついてくる。

「幾美様、従業員への暴言はいくら幾美様でも許されることではありません」

 料理長がとっさに、私を背にかばってくれる。
 けれど背中には、ぞわりと嫌な汗が流れた。

「慧悟が家に帰って来ないのよ。あなたと慧悟が一緒にいるのを見たっていう使用人もいるの! あなたの仕業でしょ!」

 奥様は料理長にもひるむことなく、彼の後ろの私を責め続ける。

「幾美様、お引き取りください」

 静かに言う料理長の後ろで、私は泣いたらダメだと、必死に涙を堪えた。
 けれど、堪えるのだけにいっぱいいっぱいになる。

 何もできないでいる自分が情けない。

 ――私は、守ってもらう筋合いなど無い。
 悪いのは、全部私だ。
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