シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「これ以上、ご迷惑はおかけできません。私の事情でオーベルジュの皆まで巻き込んでしまうのなら、ご迷惑をおかけしてしまうなら、私はここを辞めるべきなんです」

 夢を持ってベリが丘に戻ってきたのは、たった3か月前。
 それがもう、ずいぶんと遠い昔に思える。

 もちろん、美味しいものを美味しく食べてもらいたい気持ちはある。
 けれど、自分の力だけではどうにもできないことを、私はしてしまった。

 富裕層の中でも、アッパー層向けに作られた高級オーベルジュ。その一番のお客様であり、伝統と誇りを大切にしている幾美財閥とのとんでもない事件を引き起こしてしまったのは、まぎれもなく私なのだ。

「本当に辞めちゃうの?」

 オーナーのフランクな言葉遣いに、私の身を案じてくれているのを感じた。
 けれど私は、こくりと頷く。

「ドルチェを作るのも、もうやめようと思っています」

 パティシエールも辞める。
 それは、私なりのけじめだ。

 慧悟さんのウェディングケーキを作るために、今まで頑張ってきた。
 けれど、もうそんな夢も叶わないだろう。

 私は、人として、ダメなことをした。
 けじめは、きちんとつけたい。

「そうか、もう決めてしまったんだね」

 言われると、決心が揺らぐ。
 オーナーはじっと、私の瞳を覗く。
 だから私は揺らいだ胸を隠すように、力強くこくりと頷いた。

「こんな無名な私を、このオーベルジュのシェフにしていただきありがとうございました。お陰様で、たくさんの経験をすることができました。今まで、本当にお世話になりました」

 もう一度頭を下げた。
 私はもう、『パティシエール』には逃げない。

 前埜希幸として、お腹の子を抱えて生きていく。
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