シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「希幸ちゃん!」

 彩寧さんが振り返り、私に微笑んだ。

「ご無沙汰しております、前埜希幸です」

 口角を上げ、目尻をさげて。
 あのころよりもいっそう美しくなった城殿家のご令嬢に向け、精一杯の笑みを浮かべる。

「久しぶりね。コックコート、とても似合ってる」

 柔らかい微笑みは、まるで女神のよう。
 彩寧さんは昔から人懐っこくて、とても優しかった。
 そんなことを思い出し、胸にモヤモヤが広がった。

「ありがとうございます」

 ビジネスライクな言い方になってしまい、心の中でため息をついた。

 私は慧悟さんとは結ばれない。
 パティシエールの私にできるのは、こうやって二人にデセールを提供するだけ。
 二人のウェディングケーキを作りたいと申し出ることだけだ。

 ベリが丘を出るときに、この気持ちは忘れようと誓ったのに。
 フランスから戻ってきた時には、二人を心から祝福しようと思っていたのに。

 いざお似合いな二人を目の前にしたら、慧悟さんの隣にいるのが自分でないという事実に悲しくなり、悔しくなってしまう。

「慧悟も何かないの? 久しぶりの再会でしょ?」

 彩寧さんが慧悟さんの腕に触れる。
 それだけで、胸にモヤっと嫌な感情が広がってしまった。

 私はまだ、慧悟さんの顔を見られない。
 視界に入るのは、上品な桜色のネクタイだけだ。
 それなのに。

「久しぶりだね、希幸」

 その声に、顔を上げてしまった。

 あの頃よりもずっと格好良くて、ずっと大人っぽい。それでもあの頃と変わらない優しい笑顔を、慧悟さんはこちらに向けていた。
 私は思わずその瞳に吸い込まれてしまう。胸がドクリと、大きく跳ねた。
< 11 / 179 >

この作品をシェア

pagetop