シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

19 さよなら、ベリが丘

 頭を下げ続けていると、奥様は四度目のため息を零しながら応接室を出ていった。
 頭を上げると、母も準備をしてくると言って、部屋を出ていってしまった。

 窓の外では雨は強さを増し、時折遠くの方で雷鳴が聞こえる。
 稲光がピカッと部屋に入り、やがて雷鳴が轟く。荒れた天気は私の心ようだが、これでいいんだと自分に言い聞かせた。

 ほんの数分で戻ってきた母は、幾美家の家政婦の証であるエプロンを外していた。

「ぼうっとしてないのよ、希幸。私たちは、ここを出なければならないの」

 母に言われ立ち上がる。私はこんな時でもきびきびと歩く母の後ろについて、幾美家のお屋敷を後にした。

 *

 幾美家のお屋敷を出る。
 私はスーツケースを転がしながら、もう訪れることないだろう高級住宅街を見回した。
 けれど、鳴り続ける雷鳴は、早く出て行けと私たちに抗議するようだ。

 私は先を歩く母を急いで追いかけた。傘の横幅が邪魔をして、母の隣に立つことはできない。だから仕方なく、母の後ろを歩いた。
 母は今、どんな顔をしているのだろう。

 やがて、高級住宅街入り口の門が見えてくる。

「お疲れ様です」

 母はきっといつももそうしているのだろう。
 守衛さんにそう声をかけ、何事もないかのように門を出て行く。
 私も母に続いて、守衛さんに頭を下げて門の外へ出た。
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