シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 実家に着くと、母はすぐに荷物をまとめ始めた。

「もう、ここにもいられないわね。慧悟さんに見つかってしまうから」

 昔は母と祖父母と共に住んでいた家。
 祖父母は母の負担になりたくないからと、幾美家での仕事をリタイアした後は高齢者向けマンションに二人で仲良く入居しているらしい。

 母はどんな気持ちでいるのだろう。
 慣れ親しんだここを出て行かざるを得ない選択をさせてしまい、申し訳なさでいっぱいになる。

「ほら、希幸も手伝いなさいよ」

「あ、うん……」

 私は母に言われた通り、とりあえずの荷物をスーツケースに詰めていった。

 母の荷物をパッキングしていると、母は幾美家の奥様から連絡を受けていた。
 住む場所をさっそく手配してくれたという。

「荷物はこれでいいわね。希幸、これ車に積んで」

「うん」

 言われるがまま、私は荷物を車に詰めた。
 母と二人きりの荷物は、とても少ない。 

「さて、行きますか」

 運転席に乗り込んだ母。助手席に座った、私。
 どこに行くのかも分からない。
 ただ、幾美家が所有していると言うマンションを目指して、母は車を走らせる。

 私は去って行く車窓から、思い出の風景を見送った。

 ――さようなら、ベリが丘。さようなら、慧悟さん。
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