シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
どこにいても捕まえて

20 愛しい人

 マンションからは、歩いて10分ほどのところにスーパーがあった。
 食材を買い込み、母とともにキッチンに立つ。

「妊婦さんなんだから、栄養バランスに気を付けないとダメよ。鉄分と亜鉛、それに葉酸ね」

 母は野菜を中心に、バランスの良い料理を作ってくれた。
 久しぶりに食べた母の手料理は、私の心に沁み入る。

「ありがとう。お母さんまで巻き込んじゃって、本当にごめんね」

 気丈に振る舞ってくれてはいるが、母が大丈夫な訳が無い。
 長年勤めた幾美家から、クビを言い渡されたのだから。

「いいのよ。それに、ほら。お母さん、他の仕事もしてみたかったのよ!」

 ウフフと母は笑うけれど、私は笑う気にはなれなかった。
 視線を下げてしまえば幾分ふっくらしてきたお腹が目に入り、余計に辛くなる。

 ため息を零すと、「幸せが逃げるわよ」と目の前の母に言われた。

「辛い?」

 不意に聞かれ、はっと母を見上げた。
 食べ終わった食器を前に、じっとこちらを見ている。

「辛い……のかな、私。でも、お母さんの方が何倍も辛いでしょ。全部私のせい。お母さんは、何も悪くないのに――」

「私は、希幸が辛いかどうかを聞いたのよ。辛さは、比べられるものじゃない。そうでしょう?」

 母は私を諭すように、優しい口調だ。
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