シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

21 新しい生活

「前埜さん、こっち発酵終わってるよ!」

「はーい!」

 スーパーのベーカリー工房内。
 私はこの場所で、パンを作る仕事を始めた。

 クロワッサンの生地を三角に切って、くるくるっと形成する。
 後ろで焼き上がったパンが、優しい小麦色の香りを漂わせている。

「前埜さーん、それ終わったらこっち包んで!」

「はい! 半分はランチのサンドにしますね!」

「あー、そうだった!」

 ベーカリー工房内は、朝から夕方までずっと慌しい。けれど、それが逆に性に合っていた。
 何より、動き回っていれば余計なことを考えなくていい。

「希幸」

 不意に名を呼ばれたような気がして、売り場に面したガラス窓の向こうを覗く。
 母がこちらに手を振っていた。

 白いシャツにエプロン姿がよく似合う。
 母は同じスーパーで、レジ打ちの仕事を始めたのだ。

 母は陳列台に目をやり、サンドイッチを見つけるとふふっと笑って手に取る。
 すでに仲良くなったらしい同僚とそれを買いにレジへ向かっていった。
 どうやら休憩中らしい。

 *

「へぇー、じゃあ前埜さんってベリが丘に住んてたの!?」

 ランチのクロワッサンサンドを手に、休憩室で私は同僚たちと話に花を咲かせていた。

「はい」

「いいなぁ、ベリが丘。ちょっと私じゃ近づけないっていうか、やっぱり憧れの街だもの」

「ねぇ、御曹司とかその辺歩いてるんでしょ!? 羨ましい〜」

「そんなわけないじゃないですか〜。東京の街歩いてたって芸能人に会えないのと一緒ですよ!」

 なんて、笑ってやり過ごす。
 胸が、まだ少しチクリと痛む。

 大好きになった人は、財閥の御曹司だったのだから。

「前埜さんは、ベリが丘で何してたの?」
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