シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 彼の名を呟いてしまったことを、後悔した。

「希幸……っ!」

 彼がこちらを向く。
 私の名を呼ぶ。

 私はハッと後退り、近づいて来る彼にくるりと身を翻して背を向ける。
 そのまま走り去ろうとした。
 けれど、その身は簡単に捕まってしまう。

 慧悟さんに、左腕を掴まれてしまったのだ。

「希幸、逃げないで。僕のそばに――」

「離してください。検診の時間なんです」

「嫌だ。僕は離さない」

「離してよ……っ!」

 涙ながらに腕を振り回した。
 慧悟さんの手が離れていく。

 慌てて自分で自分を抱きしめた。
 私を守れるのは、私だけだ。
 離れる覚悟をしたのは、他でもない、私なのだ。

「希幸、ごめん。僕のせいだよね。探したよ。ベリが丘の病院にも行ってないって知って、しらみつぶしに産婦人科あたって――」

「どうして? 何で私を探すなんて馬鹿なことするの? 私は慧悟さんの隣には――」

「それは、言ってはダメ。僕の隣は、希幸こそ相応しいって、僕は心からそう思っているんだから」

 ああ、ダメ。
 しまったはずの想いが溢れてしまう。
 好きだから、愛しているから前を向けたのに。

 目の前に彼がいる状況では、その想いは枷でしかない。

 涙が溢れ出すと、慧悟さんは街中なのもいとわず私を抱きしめた。
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