シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

26 明らかになった真実

「慧悟くんと前埜さんは、互いに想い合っていたんだね」

 その声に、はっとした。
 左袖で涙を拭う。
 そこにいたのは、オーナーだった。

「姫川くん……?」

 旦那様が彼を見て、目を見張る。
 奥様も、慧悟さんすらそうだった。

「オーナー……」

 そうつぶやいてしまったけれど、彼はもう私の雇用主じゃない。
 ――じゃあ、なぜここに?

「すみません、前埜さんがベリが丘に戻ってきたと聞いて、辞表を取り消してくれないかな、と訪ねてきたら――」

 オーナーはちらりとこちらを見た。
 そして、ニコリと微笑む。

「――何やら取込み中のようで、なかなか入れなくて」

「あらやだ、うるさかったわよね。申し訳ないわ」

 奥様が焦るように言うけれど、オーナーは「いえいえ、廊下は静かでしたよ?」と言う。

 張り詰めていた空気が幾分溶けて、柔らかな風が吹いてきたような。
 けれどオーナーの浮かべている笑みは、悲しそうでもあった。

 いつだったか、オーナーが畑で私に話してくれたことを思い出す。
 オーナーは好きな人と結ばれることができず、独身を貫いていることを――。

『後悔していないかって言われたら、嘘になる。けれど私は、彼女を愛して幸せだったんだよ』

 彼は私に彼女を重ねているのだろうか。
 だったらきっと、私の味方だ。

 結ばれなくとも、幸せになるということを彼は知っているから。
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