シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

27 胸が満たされて

 季節は巡り、櫻坂の桜並木の葉が赤く染まる頃。
 だいぶお腹の大きくなった私は、ベリが丘の総合病院から退院することになった。

 経過は良好だが、まだ切迫早産気味であるという。
 けれど、自宅療養で十分だろう、という判断らしい。

 ここに慧悟さんに連れてこられたころは、まだ蝉が元気に鳴いていたのに。
 乗せられた慧悟さんに車の助手席から、櫻坂を登っていくのを眺める。

 ううん、それだけじゃない。
 一人で何度も色々な想いを抱いて、登っては下った坂。
 それを、愛しい人と共に通ろうとしているのだと思うと、なんとも言えない気持ちがせりあがってくる。

 私は今日、このまま幾美家に入る。
 慧悟さんの〝婚約者〟として、だ。

 夢にまで見た、幾美家で慧悟さんと幸せに暮らす毎日。
 そんな毎日が、始まってしまうらしい。
 ドキドキと高鳴る胸をごまかすように、そっとお腹を撫でる。

「あ、蹴った」

 お腹の子が元気に動いて、「大丈夫だよ」と言ってくれている気がする。

「元気だな、さすが僕と希幸との子だ」

 ステアリングを握ったまま、慧悟さんが言った。

 高級住宅街に入る門の前で、車が一度停まる。
 守衛さんが窓の中を覗くと、すぐに頭を下げて門を開けてくれた。
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