シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「ここ、隣は僕の部屋だから。内扉で、繋がってもいるからね」

 そう言う慧悟さんに連れられてやってきた部屋は、私が一人で使うには広すぎる豪華な部屋。
 優しい色合いのベッドに、テーブル。私は弾けないのに、グランドピアノまで置いてある。

「うわぁ……」

 ふわりと下されたベッドの上から部屋を見回し、思わず感嘆の声が漏れる。

「気に入ってくれた?」

「うん、とっても!」

 こんなに素敵な部屋を与えられたら、気後れしてしまうけれど。
 それでも慧悟さんはふわりと微笑んで、私にベッドに座っているように言った。

「退院したとはいえ、希幸にはまだ赤ちゃんを守ってほしいからね。もうしばらく、ベッドの上で生活して欲しい」

 そう言うと、不意に慧悟さんが離れていく。
 けれど、彼が向かった先はグランドピアノの前だった。

 鍵盤の蓋を開け、彼の長い指が優しく鍵盤を叩く。
 懐かしい――。

 幼いころに、私を「お姫様」と言って手を握ってくれた天使みたいなお兄ちゃん。
 そんな彼が、今婚約者として目の前にいる。
 私のためだけに奏でられるピアノは、幾美家の優しい雰囲気と合わさって、耳の奥でふわりと響く。

 やがて最後の音を弾き終わり、慧悟さんは鍵盤から手を離す。

「久しぶりに弾いたからね、少し鈍っていたな」

 慧悟さんはそう言って、まだ起き上がったままの私の隣、ベッドの縁に腰かける。

「そんなことない! なんだか、すごく懐かしい気持ちになったよ」

 そう言って、彼の肩口に頬を寄せた。

「このピアノは、希幸のためのものだから。ご所望とあれば、いつでも弾きに来るよ」

 慧悟さんはそう言って、私の腰を抱き寄せてくれる。
 窓から差し込む光は、優しい秋の風に吹かれて揺れている。

 私は今ここにいられるこの幸せを、ゆっくりと噛み占めていた。
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