シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 奥様の口から飛びだした言葉に、私は目をぱちくりとさせた。

「え……?」

 奥様は伏し目がちに、困ったようにこちらの顔を覗く。

「あなたが庶民だから、あなたと慧悟は結ばれないんだって、強く言ってしまったでしょう?」

「いえ、もう過ぎたことですから。それに、奥様のあの言葉は、幾美家を大切に思っているからこその言葉なのだと、私は理解していますから」

「希幸さん……」

 奥様は目を見開く。
 それから、ふふっと自嘲するように笑った。

「少しだけ、私の話をしてもいいかしら?」

 窓の外、柔らかな日差しの方を向き、奥様は微笑む。
 綺麗な凛とした横顔は、絵画のように美しい。

「昔ね、私も恋をしたの。身分違いの、叶わぬ恋」

 遠く昔を懐かしむような瞳は、哀愁を漂わせる。

「でもね、私は別の人と結婚をした。優しくて、温和で、聡明で、この幾美家を背負う人だった。だから、今はとても幸せなの。それでも、今でも時々思い出すのよ。私の恋したあの人は、今は幸せに過ごしているかしら、って――」

 奥様は一瞬顔を伏せ、自嘲するように笑みをこぼす。

「身分差と聞くと、どうしてもあの人のことを思い出してしまうの。そんな自分の浅ましさに嫌気がさしてね。だから余計に、あなたに辛くあたってしまったの」

 幾美家を旦那様と共に背負う奥様は、いつも凛として格好良い。
 優しいけれど、厳しくもある人格者。

 そんな風に、思っていた。
 けれど、奥様も若き日は恋する乙女だったのだ。

 いつの時代も、みな恋に傷つき、恋に慰められ、恋を糧にして生きている。
 そんな中で、私が慧悟さんと結ばれたのは、奇跡の連続が導いたものなのだと、改めて実感した。
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