シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 幾美財閥の本家の人たちは、とても優しい人たちだ。
 前埜家は、そこにお仕えする家系。母も祖父母も、その前も。
 前埜家には、幾美家からの信頼がある。

 それだけでない。

 幾美家を出たいと言う私の夢を応援し、家政婦になるためでなく、パティシエールになりたいと言った私を、快くベリが丘から送り出してくれた人たちだ。
 一介の学生だった私を、駅まで見送りに来てくれるような優しい人たちだ。
 そんな人たちを裏切るような、一夜を過ごしてしまった。

「なのに、私は――」

 気持ちを止められなかった自分を恥じ、責めるように両手で顔を覆った。
 もう、幾美家の方とは顔を合わせられない。

 私はただのパティシエール。
 一方で慧悟さんは、幾美家の嫡男で、しかも結納を済ませた婚約者までいる。
 私とどうこうなっていい人じゃない。

 どうして一時の感情に流されてしまったのか。
 慧悟さんを、どうして止められなかったのか。

 ぐるぐると頭の中を負の感情が回り、自分を責めていく。

「私はただ、約束を果たしに戻ってきただけなのに……」

 涙が溢れ、声にならない声で呟いた。
< 35 / 179 >

この作品をシェア

pagetop