シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 そんなある日のこと。
 試作品作りの最中、料理長に声をかけられた。

「どう?」

 振り返ると、料理長は自身の目元撫でながらこちらを見ている。
 私の目元に、クマが浮かんでいるのを意味しているらしい。
 メイクでもうまくごまかせなかったか、と苦笑いがこぼれた。

「なかなかうまくいかなくて。オーベルジュの顔としても、失敗できないですし」

 あははと笑いながら返すと、「責任感が強いねえ」と料理長は優しく笑う。

「別に失敗してもいいじゃない」

「え……?」

「僕は上埜さんなら失敗なんてしないと思うけどね。それだけ熱い思いでドルチェを作ってるんだし、僕だってそんな君の腕を買ってデセール部門のシェフを君に任せたんだから」

 料理長の言葉に、目頭が熱くなる。
 けれど、私を潰そうとするプレッシャーはもちろん『このオーベルジュの顔だから』だけではない。

 あの一夜が、どうしても胸にのしかかる。
 忘れようと思うのに、どうしても忘れられない。

 許しを請うように、せめて最高のドルチェを納めたいと思う。

 込み上げたものをもう一度胸の奥に隠すように、一度大きく唾を飲み込む。
 それで黙ってしまった私に構わず、料理長は続けた。

「プレッシャーがあるっていうのは、とてもいいこと。でも、今の前埜さんはそれに押しつぶされそうになってる。もっとさ、『幾美家のパーティーだから』じゃなくて、『みんなに美味しいもの食べて欲しいな』っていう感覚でいいんじゃないかな。君もそう言ってたでしょ、面接のとき」
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