シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「うん、いいんじゃないかな」

 料理長の言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。
 昨日作り上げたドルチェを、朝のミーティング時に試食してもらったのだ。
 
「幾美家には連絡しておいてもらうね。君から伺う?」

「はい、ぜひ」

 *

 その日の午後、早速幾美家の御屋敷へ伺うことになった。
 新品のコックコートに着替え、社用車にドルチェを乗せる。運転席に乗り込むと、私は車を走らせた。

 オーベルジュ前の細道を抜け、櫻坂を走る。
 桜並木の葉はもう青々としていて、季節の移ろいを感じさせた。

 私がここに戻ってきた時は、まだ桜の花が残っていた。
 私がここを出た18の時は、満開の桜の花が散っていた――。

 *

 高校を卒業した春。
 親元を離れて、一人暮らしを始めた。

 母は、私を見送るためベリが丘駅まで車に乗せてくれた。
 ベリが丘には、高級住宅街のあるノースエリアの南西に一般的な住宅街が広がっている。その一角に、私の実家はあるのだ。

 駅につくと、待っていてくれたのは幾美家の旦那様と奥様。それから、姉のように慕っていた、彩寧さんもいた。

 けれど、慧悟さんはいなかった。

「もう、慧悟何やってるのよ!」

 電車の時間が近付くと、彩寧さんがしびれを切らすように言った。
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