シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

2 やってきた想い人は婚約者とともに

 午後5時、オーベルジュの営業開始時刻。

 本日のデセールはほぼ作り終え、残りは付け合せの焼き菓子(プティフール)だけだ。
 これらはメインの後に、窯の余熱で焼く。

 だから、私はビスキュイの材料を計っていたのだけれど、そんな私の手は、緊張で震えていた。

 ――慧悟さんが、このオーベルジュへやってくる。

 慧悟さんたちの来店予定時刻は午後7時。
 まだ2時間もあるのに、時間が近づくにつれて緊張が酷くなってゆくのだ。

 フランスのコンテストのときでも、こんなに震えることはなかった。
 動揺が勝ってしまうなんて、私はパティシエール失格かもしれない。

 こんなのではだめだ、と自身に言い聞かせる。

 昔の想い人に会うだけだ。
 何を緊張しているのだろう。

 ふるふると頭を振り、深呼吸をした。
 作業に没頭しようと、生地を合わせて捏ねていく。

 けれど。

「幾美様、城殿様ご来店されました」

 厨房に届いたその声に、手にしていたプティフールを落としてしまった。

 ドキリと胸が鳴り、けれどすぐにハッと手元を見る。
 慌てて別のビスキュイをデセールのお皿に盛り直し、心を落ち着かせて最後の飾りつけをおこなった。

 手元に集中すれば、震えは収まっていく。
 けれど私の心臓は、ドクドクと大きな音を立てていた。
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