シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「ねえ希幸、ちょっと散歩しない?」

 慧悟さんが車を止めたのは、海辺の駐車場だった
 ここからはベリが丘の海岸に降りることができる。

 もう日が昇りきり、暑いくらいの日差しが砂浜に照りつける。
 けれど、まだ5月の海にいるのは、私たちくらいだ。

 柔らかな波の音を聞きながら、ゆっくりと海岸線を歩いた。
 大型船が停まることもあるらしいが、今のここには何もない。水平線の向こうに、いくつか船が見える程度だ。
 静かな海は、昼の光を反射してエメラルドグリーンにきらきらと輝く。

 私に、その海辺の輝きは眩しすぎる。
 心の中に渦巻く罪悪感は、ブラックホールのようにその光さえも吸い込んでしまいそうだった。

「身体、辛くはない?」

 隣を歩く慧悟さんは、ずっと私の腰を支え続けてくれている。
 うつむいたまま歩く私に、時折そう声をかけてくれた。

 けれど私はその度に、小さく「うん」としか返せない。
 お腹に芽生えてしまった命を、繋ぎたいと思ってしまうから。

 もしも私がこの子を、慧悟さんの子供として産んでしまったら――。

 このままでは、私は幾美家を壊してしまう。
 私の抱いた恋心と、止められなかったあの夜のせいで。

 お腹に宿る命は愛しいけれど、このままじゃいけない。
 この子は、生まれてこない方が良い。

 寄せては返す波の音に、身を投げてしまいたくなった。
 何もかも無かったことにしてしまいたい。
 このまま、波に飲まれてしまいたい――。

 潮風に吹かれながらそんなことを思っていると、不意に慧悟さんが足を止めた。

「覚えてる? ここで本家を抜け出して、一緒に花火を見たの」
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