シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 すっかり敬語が抜け、あの頃のような言葉遣いになってしまう。
 それでも私は、慧悟さんを止めなきゃいけないと思った。
 私と慧悟さんが結ばれるということは、すなわち幾美家を壊してしまうこと。
 そんな未来を、私は望まない。

「通りかかった奥様に助けてもらったんだけれど、そこではっきり言われたの。『慧悟を好いてくれるのは嬉しいけれど、あなたは慧悟とは結ばれない』って。幾美家に嫁ぐのは、私なんかじゃだめなんだよ。ちゃんと、名のある家のお嬢様じゃないと。私なんかじゃ身分不相応なんだよ!」

「そんなことはない!」

 一度弱まった抱擁は、再び強くなる。
 意を決して紡いだ言葉は、さらに強い慧悟さんの声でかき消されてしまった。

 身体が震える。
 ぎゅっと私を包む、強く静かな抱擁は、私の感情をぐちゃぐちゃにする。
 今はただ、波の音が遠くに聞こえる。

「僕は希幸がいい。それは、僕が決めることでしょ」

 欲しかった言葉のはずなのに、心から喜べない。 

「そんなこと――」

「無理なんかじゃない。僕がどうにかする」

 慧悟さんが幾美家の嫡男として、どれほどの期待を背負っているのか、昨日のパーティーで思い知った。
 そもそも、現に慧悟さんは幾美財閥傘下の2社の社長なのだ。
 もうすぐ3社目の社長にも就任する。

 そんな慧悟さんには、幾美家に求められた道を歩いて欲しいと思う。
 それなのに、彼の熱い想いは私の決心を鈍らせる。

 ――私は、彼の気持ちを受け取ってもいいの?

 ふっと顔をあげる。
 慧悟さんはもう笑ってはいなかった。
 真剣に、じっと、こちらを見つめている。

「ねえ、希幸」

 慧悟さんの口調が急に優しくなる。
 彼の指が私の頬を拭った。

「希幸をそんなに不安させてしまうのなら、もういっそ、二人だけで生きていこうか」
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