呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
 彼女が自分の茶をサーブする姿を見ながら、ノエルは茶を飲んだ。ああ、そうだ。ただ茶を淹れる、それだけの行為でも、彼女が丁寧に暮らしをしていることがなんだかわかる気がする。

 彼女の所作は、特別洗練されているわけではなかったが、ゆっくりと見えつつもそれらを「大切に思う」気持ちが伝わる。考えれば、ノエルはそれまで茶を淹れてくれる人物が、自分自身のために茶を淹れる姿を見たことがない。ユークリッド公爵家の使用人たちも、王城の使用人たちも、そうだ。そして、騎士団で遠征に行った時は、茶を淹れるというよりも「配給用にカップに分配する」と言った方が正しいし、茶を飲むことは少なかった。

 彼女は、たった一人でここで日々を丁寧に重ねているのだろう。湖から魚を獲るのだってそういうことだ。ノエルは、騎士団の宿泊演習で魚を獲ったこともあるが、それには木の枝を刺して焼いただけだった。だが、きっとエーリエはきちんと処理をするのだろうと思う。勿論、それらは勝手な推測だが。

「ああ、いい香りだな」
「ノエル様が飲んでいらっしゃるお茶と同じものですよ?」
「うん」

 わかっている、とまでは言わない。と、エーリエは「焼きあがったわ!」と言って、すぐ様その場を離れてしまう。

 先ほどから漂っていた甘い香り。ノエルはあまり甘いものは好きではなかったが、一口二口ぐらいのものを食べ、脳に染みわたるような感触を味わうのは嫌いではなかった。

 エーリエは焼けたばかりの焼き菓子を皿に移して持ってくる。ノエルはそこまではわからなかったが、生活魔法で少し冷ましてあった。

「これは、焼き立てを食べるのも、時間が経過したものを食べるのも、どちらも美味しいんですよ……あっ、あっ、お口に合うかもわからないのに、わたしったら、美味しい、だなんて……」

 言った直後に慌ててエーリエは赤くなって「ち、違うんです、その」と言い訳をしようとした。ノエルは「問題ない」と言って、その焼き菓子を口にした。

 軽くて、優しい甘さが口の中に広がり、それを茶で流すとすっきりとする。彼は、その菓子を気に入って持ち帰ると告げれば、エーリエはまた嬉しそうに微笑んだ。

 それから、ノエルが茶を飲み干したのを見て、彼女は腰を浮かせてポットから彼のカップに茶を注いだ。その時、カチン、とポットと何かがぶつかった音がした。

(ペンダントか)

 エーリエの首にかかっているペンダント。よく見ると、それは開け閉めが出来るロケットペンダントのようだった。ずっと気にはなっていたが、今なら聞いても良いだろうか……とノエルは曖昧に尋ねる。

「いつもつけているが、魔術的な何かがあるのか? だいぶ大ぶりに見えるが……」
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