呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
マールトはそう言うと立ち上がって、彼女に頭を下げた。ポーションの取引について決めたのも、そうしてしまう聖女を見つけたのも、何をしたのも彼ではないのに。エーリエはそう思って「マールト様、おやめください」と慌てて立ち上がった。彼は「半分にしてもらえないか」と口では言っていたが、拒否権はエーリエにはない。それは、双方ともにわかっていることだった。
「いや、これは一方的すぎる。だが、それを止める力がわたしたちにはない。そして、王城としても、申し訳ないとは思っているんだ。もしかしたら、この先再び取引を復活させる可能性もなくはないんだが、ひとまずは、この条件を飲んでもらうしかなくて……」
「大丈夫です。マールト様。本当に大丈夫ですから」
「だが……」
「お座りになってください。それから、お茶を是非お飲みください」
そう言ってエーリエは小さく微笑んだ。マールトは「すまない」と言って、再び椅子に座って、静かに彼女に言われるがまま、茶を口にした。
「そうだ。頼んでいた、ノエルに渡す羅針盤はどうなったかな?」
「あっ……は、はい。あの、今……作っているところです……」
「そうなのかい。いつぐらいになるかな?」
「えっと……ら、来週には……」
それが出来上がったらユークリッド公爵家に持って行く、とエーリエは告げて、話はそれで終わった。
少しばかり歯切れが悪いな、とマールトは思ったが、きっとポーションのことで彼女は落ち込んでいるのだろう……そう思いながら、彼は帰っていったのだった。
「ああ……ショックだわ……」
マールトが帰った後に片づけを終え、エーリエはぐったりとテーブルに体を突っ伏した。
王城からもらうポーションの代金は確かになかなかよく、おかげでエーリエの生活はそれなりに潤ってはいた。だが、それが半分になると話は違う。
森で越す冬は実に厳しい。秋の終わりに多くの薪を集めておいてもすぐになくなってしまう。魔法を使っても外気の冷気を防ぐほどのことは出来ないので、寒い中再び薪を拾って、それを乾燥させなければいけない。そして、冬の間は彼女が作っている菜園の半分以上は休業だ。寒い中でも育つ野菜は作っているものの、数に限りがある。
それから、湖の魚たちは湖の底で静かになってしまうので、なかなか獲ることが出来なくなる。よって、冬になると彼女は城下町へ買い物に出る回数が増える。要するに、毎年春から秋までの稼ぎで彼女は冬の準備をして、更に冬の間中の出費を賄わなければいけないのだ。
「うう、でも、まだ秋に入った頃でよかったわ……今年はなんとか……」
そう思うと。服を買ってしまった自分を少しだけ呪ってしまう。だが、後悔をしても遅い。
(大丈夫。まだお金は大丈夫よ……最悪、少し肉を食べる量を減らして、ああ、冬でも獲れる野菜を今からでも植えられるかしら……)
ふうーと息を深く吐く。心が重たい。今後、ずっと収入が半分になったままだとしたら。
(わたしも城下町にポーションを売りにいかなければいけないかしら。ああ、ポーションだけじゃなくて、何か……)
彼女が師事をした魔女に教えてもらったものは、いくつかある。それらを作って売りに行くしかないとエーリエは腹を括った。それから、王城では購入をしないぐらいの、少し効果が落ちるポーションを多く作ろうと思う。安価なものの方が、城下町での売れ行きは良いと聞いたことがあったからだ。
「ああ、それも、冬になれば材料が減るから……今作らなくてはいけないわ……」
とにかく、明日には城下町に行って足りない材料を買い足して、それから森で薬草などを摘まなければいけない。それは間違いない。そして。
(ノエル様に会いに行かないと……でも……)
会いに行って、羅針盤を渡して、どうなるのだろうか。彼が以前のようにやってきて、どうするのだろうか。ここで茶を出して、飲んで、それから? それに、これから冬が来る。冬になれば、きっと彼はここに来なくなるだろう……なんとなくそう思う。
(羅針盤をお渡ししてもノエル様がいらっしゃらなかったら……きっと、わたし……)
寂しいと感じると思う。だが、彼が会いに来ないことはおかしいことではない。寒い中、馬を走らせてここにやってくるなんて。それは、きっとあり得ない。エーリエは無言で小さく首を横に振った。
先日までは、彼が来たい時に来てもらえるなら、それは嬉しいことだと思っていた。今もそれは間違いないはずなのに、なんとなく心がざわざわとする。自分が彼と会ってどうなるというのだろうか。そんなことまで思う。
そもそも、自分とノエルの関係は何かと問われたら、自信がある答えを出すことが出来ない。友達なのだろうか。いや、友達ではない。知り合い。そうだ。言葉にすると知り合いなのだろう。
(ただの……知り合いですもの……)
ああ、なんだか、寂しい。エーリエはテーブルに額をつけて目を閉じた。ずうっと、ここで一人暮らしをして、冬だって何度も越しているのに。なのに、ノエルに会えないことが、とても寂しい。
「もう一度……」
一人になったようだ。母が亡くなり、先代の魔女が亡くなり。自分がたった一人になった時に感じた虚無感。ああ、寂しい。寂しくなくなっていたのに、とても寂しいと感じていた。
自分はどうして寂しいと思うのだろう。ずっと一人だったのに。一人の時でも、寂しいと思っていなかったのに。どうして……。
「ああ、駄目な時は駄目ですね……」
そう小さく呟いて、エーリエは深いため息をつく。それから「それにしても聖女様が現れたなんて、良いことだわ……」と無理矢理「良い」ことを考えようとした。
「いや、これは一方的すぎる。だが、それを止める力がわたしたちにはない。そして、王城としても、申し訳ないとは思っているんだ。もしかしたら、この先再び取引を復活させる可能性もなくはないんだが、ひとまずは、この条件を飲んでもらうしかなくて……」
「大丈夫です。マールト様。本当に大丈夫ですから」
「だが……」
「お座りになってください。それから、お茶を是非お飲みください」
そう言ってエーリエは小さく微笑んだ。マールトは「すまない」と言って、再び椅子に座って、静かに彼女に言われるがまま、茶を口にした。
「そうだ。頼んでいた、ノエルに渡す羅針盤はどうなったかな?」
「あっ……は、はい。あの、今……作っているところです……」
「そうなのかい。いつぐらいになるかな?」
「えっと……ら、来週には……」
それが出来上がったらユークリッド公爵家に持って行く、とエーリエは告げて、話はそれで終わった。
少しばかり歯切れが悪いな、とマールトは思ったが、きっとポーションのことで彼女は落ち込んでいるのだろう……そう思いながら、彼は帰っていったのだった。
「ああ……ショックだわ……」
マールトが帰った後に片づけを終え、エーリエはぐったりとテーブルに体を突っ伏した。
王城からもらうポーションの代金は確かになかなかよく、おかげでエーリエの生活はそれなりに潤ってはいた。だが、それが半分になると話は違う。
森で越す冬は実に厳しい。秋の終わりに多くの薪を集めておいてもすぐになくなってしまう。魔法を使っても外気の冷気を防ぐほどのことは出来ないので、寒い中再び薪を拾って、それを乾燥させなければいけない。そして、冬の間は彼女が作っている菜園の半分以上は休業だ。寒い中でも育つ野菜は作っているものの、数に限りがある。
それから、湖の魚たちは湖の底で静かになってしまうので、なかなか獲ることが出来なくなる。よって、冬になると彼女は城下町へ買い物に出る回数が増える。要するに、毎年春から秋までの稼ぎで彼女は冬の準備をして、更に冬の間中の出費を賄わなければいけないのだ。
「うう、でも、まだ秋に入った頃でよかったわ……今年はなんとか……」
そう思うと。服を買ってしまった自分を少しだけ呪ってしまう。だが、後悔をしても遅い。
(大丈夫。まだお金は大丈夫よ……最悪、少し肉を食べる量を減らして、ああ、冬でも獲れる野菜を今からでも植えられるかしら……)
ふうーと息を深く吐く。心が重たい。今後、ずっと収入が半分になったままだとしたら。
(わたしも城下町にポーションを売りにいかなければいけないかしら。ああ、ポーションだけじゃなくて、何か……)
彼女が師事をした魔女に教えてもらったものは、いくつかある。それらを作って売りに行くしかないとエーリエは腹を括った。それから、王城では購入をしないぐらいの、少し効果が落ちるポーションを多く作ろうと思う。安価なものの方が、城下町での売れ行きは良いと聞いたことがあったからだ。
「ああ、それも、冬になれば材料が減るから……今作らなくてはいけないわ……」
とにかく、明日には城下町に行って足りない材料を買い足して、それから森で薬草などを摘まなければいけない。それは間違いない。そして。
(ノエル様に会いに行かないと……でも……)
会いに行って、羅針盤を渡して、どうなるのだろうか。彼が以前のようにやってきて、どうするのだろうか。ここで茶を出して、飲んで、それから? それに、これから冬が来る。冬になれば、きっと彼はここに来なくなるだろう……なんとなくそう思う。
(羅針盤をお渡ししてもノエル様がいらっしゃらなかったら……きっと、わたし……)
寂しいと感じると思う。だが、彼が会いに来ないことはおかしいことではない。寒い中、馬を走らせてここにやってくるなんて。それは、きっとあり得ない。エーリエは無言で小さく首を横に振った。
先日までは、彼が来たい時に来てもらえるなら、それは嬉しいことだと思っていた。今もそれは間違いないはずなのに、なんとなく心がざわざわとする。自分が彼と会ってどうなるというのだろうか。そんなことまで思う。
そもそも、自分とノエルの関係は何かと問われたら、自信がある答えを出すことが出来ない。友達なのだろうか。いや、友達ではない。知り合い。そうだ。言葉にすると知り合いなのだろう。
(ただの……知り合いですもの……)
ああ、なんだか、寂しい。エーリエはテーブルに額をつけて目を閉じた。ずうっと、ここで一人暮らしをして、冬だって何度も越しているのに。なのに、ノエルに会えないことが、とても寂しい。
「もう一度……」
一人になったようだ。母が亡くなり、先代の魔女が亡くなり。自分がたった一人になった時に感じた虚無感。ああ、寂しい。寂しくなくなっていたのに、とても寂しいと感じていた。
自分はどうして寂しいと思うのだろう。ずっと一人だったのに。一人の時でも、寂しいと思っていなかったのに。どうして……。
「ああ、駄目な時は駄目ですね……」
そう小さく呟いて、エーリエは深いため息をつく。それから「それにしても聖女様が現れたなんて、良いことだわ……」と無理矢理「良い」ことを考えようとした。