呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「魔女様!」
「ん?」
「魔女様、呼ばれていますよ!」
「……え?」

 聖女がエーリエの肩を指先で掴み、軽く揺する。

「見てください、魔女様。ノエル様が、こちらを指さしています!」
「ええ……? 聖女様の間違いではないですか……?」

 貴族令嬢であれば、案内役が高らかに呼び上げる。だが、ノエルはエーリエの名を案内役に告げることなく、ただ場内から指を差していた。

 それに驚いて、案内役は「どなたを?」とノエルに尋ねたが、彼は首を横に振って「あの特別席にいる、端に座っている彼女を」と告げ、名前を言わない。

「魔女様ですよ」

 エーリエは「そんなわけが……」ないと言おうとしたが、それを遮るようにユークリッド公爵が「魔女様。息子に花冠をかぶせてあげていただけませんか」と告げる。

 一体何が起きているんだろう。花冠って。だって、花冠は。

『この会場に「お目当て」の方がいらっしゃらなければ……』

 お目当てとは。エーリエは驚いて、その場に固まった。その肩を聖女が掴んで、がくがくと揺する。それを、エーリエはぼんやりと「案外雑な方だわ……」なんて思った。

「魔女様。しっかりなさってください!」
「あのっ、何かの間違いです……そんな……」
「間違いではないです! ここで行かなければ、後から王城に呼ばれて、もっと国王陛下たちが近くにいる状態で花冠をかぶせなくてはいけなくなりますよ!」

 そうは言われても。これだけの数の人々の前で花冠をかぶせるのと、人々は少ないが国王の目の前でかぶせるのと、どちらが良いかと言われてもエーリエは選択することが出来ない。

「さあ、さあ、場内に行きましょう!?」

 そう言って、聖女はエーリエの手を引いて歩き出した。どうも、この聖女は見た印象よりも案外と強引で、前のめりのようだ……ぼんやりとエーリエはそんなことを考えていた。



 エーリエは人々からの視線に耐えかねて、目を伏せて歩く。聖女に手を引いてもらえなければ、きっと場内に彼女は降りることも出来なかっただろう。

 係員が訝し気に「この方でよろしいのですか?」とノエルに尋ね、ノエルが「ああ」と答える。その声だけは聞こえるが、顔をあげることが出来ない。聖女が代わりに花冠を受け取り、それをエーリエに渡した。

「魔女様。わたしが出来ることはここまでです。ノエル様に花冠をかぶせてあげてください」

 おずおずと顔をあげると、そこにはノエルが立っていた。エーリエは、場内の人々の視線を感じて、手が震える。

「エーリエ」

 ノエルが声をかける。そこでようやくエーリエはおずおずと顔をあげた。

「はっ……はい……」

 見れば、当然のように目の前にはノエルが立っている。彼を見て、エーリエは「ああ、かっこいいな……」と思う。やはり、間違っていないのだ。彼は、顔が、姿がかっこよく、所作は美しい。それまで、はっきりと感じ取れていなかったことをエーリエはようやく理解を出来た。ノエルはエーリエに微笑みかける。

「騙すような形で、君を招待したことは謝る。だが、わたしは」
「はいっ……」
「わたしが勝つところを君に見せたかったし、君のおかげでわたしが元気になったところも見せたかったし、そして……どうしても、君から花冠が欲しかったんだ」
「ど、どうして、わたし、から……」

 ノエルの唇が、すっと引き結ばれた。ああ、顔から表情がなくなった、と思った次の瞬間。彼の口から出た言葉は、強い意思を彼女に伝えた。

「君のことが、好きだからだ」

 エーリエは、ノエルのその言葉に息を呑んだ。そんなことは嘘だ……根拠もなくそう言いたくなったが、うまく言葉が出てこない。ばくばくと心臓が高鳴り、エーリエは再び俯く。

 嘘ではない。だって、彼は今まで一度も自分に嘘をついたことがないではないか。でも。だけど。エーリエは混乱をして、目を閉じた。会場がざわついていたが、その声すら既に彼女の耳には届かない。

「君が好きだから、どうしても君から花冠が欲しかったんだ。他の誰でもなく」

 もう一度、ノエルがはっきりと告げた。ああ、まるで風魔法で大きく響いているように感じるその言葉。だが、実際はそうではない。自分の耳の奥だけで、彼の声は大きく響いているのだ。恐る恐るエーリエが彼を見上げれば、彼の頬はかすかに紅潮しており、その目ははっきりと彼女を見ていた。
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