呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
(ああ、ノエル様の瞳は、綺麗な赤だ……)
そして、自分の瞳は菫色だと、考えても意味がないことをエーリエは思った。そして、菫色だと教えてくれたのは、ノエルが初めてだった、とも。そんなことを思っていたら、エーリエは少しだけ落ち着いてくる。そこへ、ノエルは微笑みながら彼女に頼む。
「そろそろ、花冠をかぶせてくれるだろうか」
「はい」
エーリエもまた頬を染めて、爪先立ちでノエルの頭に花冠をかぶせた。会場の人々は、口々に「あの女性は誰だ」「貴族令嬢でもないようだ」などと噂をしていたが、花冠をかぶせてもらったノエルが手を高くあげたので、わあっと喝采を送る。
「ありがとう」
ノエルの礼に対して、エーリエは「おめでとうございます」となんとか言葉を紡ぐことが出来た。
エーリエは聖女の後ろに隠れるように特別席に戻り、ぐったりと椅子に座る。一体今、自分は何をしたんだろう。一体ノエル様は自分に何を……そんなことを思いながら、彼女は絶え間なく混乱をしていた。
「魔女様、ありがとうございました」
ユークリッド公爵夫妻に声をかけられて、エーリエはどうしようもなくなって首を横に振った。涙が再び溢れて来て
「わ、わたしなんぞが、ノエル様に花冠をかぶせるなんて、そんな、そんな大役を、させていただき……申し訳ありませんでした……! か、帰ります……!」
早口でそう言って再び立ち上がる。だが、それをユークリッド公爵が止めた。
「お待ちください。特別席も、あちら側から順番に外に出ることが決まっています」
「あっ、そうなんですか……」
エーリエはすっかりしょげ返って、椅子に座った。特別席では、エーリエが一体どこの誰なのか、とひそひそと人々が怪訝そうに会話をしている。だが、彼女とユークリッド公爵夫妻が共にいるとわかったようで、公爵公認の相手なのか、などとも。エーリエはそれを否定しなければ、と声をあげようとしたが、うまく言葉が出ない。
ただ椅子に座って、ひたすら時間が経過するのを待つエーリエ。聖女が気を使ってあれこれと声をかけてくれたが、なんだかやたら疲れた、と思う。
「エーリエ、いるかい?」
そこに、マールトがやって来た。マールトはユークリッド公爵夫妻に頭を下げ、エーリエに近づいて来る。
「マールト様?」
「君、大丈夫かい? まさか、ノエルがあんなことをするとは思わなかったよ……」
マールトは心配をして駆けつけてくれたのだ。そのことにエーリエは感謝を感じると共に、やはり「疲れた」と思う。もう誰の声も聴きたくない。早く帰りたい。早く森に帰って家にこもりたい……そんな気持ちで胸がいっぱいになる。
だが、その反面、ノエルに言われた言葉はずっとエーリエの鼓動を速めており、胸の奥が熱い。その熱さは彼女にとってはこれまでほとんど知らないものだった。疲れているのに、胸の奥が熱くて、なんだか居ても立っても居られない……その自分の状態を彼女は持て余していた。
「大丈夫ではないです……」
「だよね。ノエルは何か言っていた?」
「あのっ……」
わたしが、好きだと。
そんな言葉を口に出すことも恥ずかしい。エーリエはかあっと頬を赤らめた。その様子を見たマールトは、聖女に
「ノエルは何を言っていたんだい? フランシェ」
と突然親し気な言葉遣いで声をかけた。剣術大会が始まるまでは、そんな風ではなかったのに……とエーリエは大いに驚いて目を丸くする。
「ノエル様は……そうですね。マールト様がわたしにおっしゃってくださったことのような」
「ええ?」
「君が、好きだと」
「ううーん、それはまいったな……確かに、わたしが君に言ったことと同じだな……」
エーリエは2人のその会話に更に驚いた。聖女はマールトを見つめてにっこりと微笑んだ。
「わたしも花冠をマールト様にかぶせたいです」
「来年は剣術大会ではなく、馬上の槍試合だからね。その時にお願いしよう。わたしは実は剣より槍の方が得意なんだ」
と返すマールト。
「あっ、あのう、お2人は……」
そうエーリエがおずおずと尋ねると、マールトと聖女はかすかに恥ずかしそうに、けれども決して隠すことなく微笑む。
「うん。婚約したんだ。つい、数日前にね」
「まあ! おめでとうございます!」
「っていうか、エーリエは本当にこの国の中央の話題に疎いね……」
「うっ、そう言われると、返す言葉もありません……」
中央の話題どころか城下町の端の話題すら疎い。それに自覚はある。とはいえ、同じ特別席にいた他の貴族令嬢も同様なのだが。エーリエは「うう」と呻いて「疲れました……」と言って、椅子に深く座って瞳を閉じた。ああ、本当に疲れた。なのに、心の奥はいつまでも熱く、高鳴る鼓動は収まらなかった。
そして、自分の瞳は菫色だと、考えても意味がないことをエーリエは思った。そして、菫色だと教えてくれたのは、ノエルが初めてだった、とも。そんなことを思っていたら、エーリエは少しだけ落ち着いてくる。そこへ、ノエルは微笑みながら彼女に頼む。
「そろそろ、花冠をかぶせてくれるだろうか」
「はい」
エーリエもまた頬を染めて、爪先立ちでノエルの頭に花冠をかぶせた。会場の人々は、口々に「あの女性は誰だ」「貴族令嬢でもないようだ」などと噂をしていたが、花冠をかぶせてもらったノエルが手を高くあげたので、わあっと喝采を送る。
「ありがとう」
ノエルの礼に対して、エーリエは「おめでとうございます」となんとか言葉を紡ぐことが出来た。
エーリエは聖女の後ろに隠れるように特別席に戻り、ぐったりと椅子に座る。一体今、自分は何をしたんだろう。一体ノエル様は自分に何を……そんなことを思いながら、彼女は絶え間なく混乱をしていた。
「魔女様、ありがとうございました」
ユークリッド公爵夫妻に声をかけられて、エーリエはどうしようもなくなって首を横に振った。涙が再び溢れて来て
「わ、わたしなんぞが、ノエル様に花冠をかぶせるなんて、そんな、そんな大役を、させていただき……申し訳ありませんでした……! か、帰ります……!」
早口でそう言って再び立ち上がる。だが、それをユークリッド公爵が止めた。
「お待ちください。特別席も、あちら側から順番に外に出ることが決まっています」
「あっ、そうなんですか……」
エーリエはすっかりしょげ返って、椅子に座った。特別席では、エーリエが一体どこの誰なのか、とひそひそと人々が怪訝そうに会話をしている。だが、彼女とユークリッド公爵夫妻が共にいるとわかったようで、公爵公認の相手なのか、などとも。エーリエはそれを否定しなければ、と声をあげようとしたが、うまく言葉が出ない。
ただ椅子に座って、ひたすら時間が経過するのを待つエーリエ。聖女が気を使ってあれこれと声をかけてくれたが、なんだかやたら疲れた、と思う。
「エーリエ、いるかい?」
そこに、マールトがやって来た。マールトはユークリッド公爵夫妻に頭を下げ、エーリエに近づいて来る。
「マールト様?」
「君、大丈夫かい? まさか、ノエルがあんなことをするとは思わなかったよ……」
マールトは心配をして駆けつけてくれたのだ。そのことにエーリエは感謝を感じると共に、やはり「疲れた」と思う。もう誰の声も聴きたくない。早く帰りたい。早く森に帰って家にこもりたい……そんな気持ちで胸がいっぱいになる。
だが、その反面、ノエルに言われた言葉はずっとエーリエの鼓動を速めており、胸の奥が熱い。その熱さは彼女にとってはこれまでほとんど知らないものだった。疲れているのに、胸の奥が熱くて、なんだか居ても立っても居られない……その自分の状態を彼女は持て余していた。
「大丈夫ではないです……」
「だよね。ノエルは何か言っていた?」
「あのっ……」
わたしが、好きだと。
そんな言葉を口に出すことも恥ずかしい。エーリエはかあっと頬を赤らめた。その様子を見たマールトは、聖女に
「ノエルは何を言っていたんだい? フランシェ」
と突然親し気な言葉遣いで声をかけた。剣術大会が始まるまでは、そんな風ではなかったのに……とエーリエは大いに驚いて目を丸くする。
「ノエル様は……そうですね。マールト様がわたしにおっしゃってくださったことのような」
「ええ?」
「君が、好きだと」
「ううーん、それはまいったな……確かに、わたしが君に言ったことと同じだな……」
エーリエは2人のその会話に更に驚いた。聖女はマールトを見つめてにっこりと微笑んだ。
「わたしも花冠をマールト様にかぶせたいです」
「来年は剣術大会ではなく、馬上の槍試合だからね。その時にお願いしよう。わたしは実は剣より槍の方が得意なんだ」
と返すマールト。
「あっ、あのう、お2人は……」
そうエーリエがおずおずと尋ねると、マールトと聖女はかすかに恥ずかしそうに、けれども決して隠すことなく微笑む。
「うん。婚約したんだ。つい、数日前にね」
「まあ! おめでとうございます!」
「っていうか、エーリエは本当にこの国の中央の話題に疎いね……」
「うっ、そう言われると、返す言葉もありません……」
中央の話題どころか城下町の端の話題すら疎い。それに自覚はある。とはいえ、同じ特別席にいた他の貴族令嬢も同様なのだが。エーリエは「うう」と呻いて「疲れました……」と言って、椅子に深く座って瞳を閉じた。ああ、本当に疲れた。なのに、心の奥はいつまでも熱く、高鳴る鼓動は収まらなかった。