君が忘れてから僕は征きたい
立花は緊張しながらも、この聞き慣れた声に安心感を覚えた。声に秘められている優しさや強い忠実さを感じながら、扉を開けた。
立花は敬礼をしながら言った。

「第12部隊立花啓人少尉であります。」

立花の敬礼は指が綺麗に揃えられていて、腕を頭へ動かす俊敏さは軍人としての強い想いが感じられた。この強い想いが白井には伝わるのだろう。いつも、立花が報告等の用事がある時に、白井の書斎を訪れ、敬礼する際は優しく微笑んで、話をしっかり聞いていた。
今回も微笑んで言った。

「お勤めご苦労。報告かな?」
「いいえ、報告ではなく、白井大将の娘さんからお弁当を預かって参りました。」
立花は片方の手に提げていた風呂敷を丁寧に白井の机上に置いた。白井は少し驚きながらも、風呂敷を開けた。風呂敷からは綺麗な漆塗りの重箱が出てきた。重箱には小さな紅白の花が描かれていた。立花は紀子から風呂敷を受け取った時、お弁当にしては大きいと思っていたが、風呂敷の中身を見て、納得した。
「重箱がお弁当だなんて、少しズレている娘でね」
白井は苦笑いをしながら、重箱の蓋を開けた。蓋を開けた瞬間に甘い匂いが空気に伝わった。
重箱の中にはぎっしりと沢山のおはぎが並べられていた。白井は解いた風呂敷の上に小さな折り畳められた紙があったのに気づいた。カサカサと音をたてながら、紙を広げていった。

"部隊の人たちにおはぎを作りました。疲れた心身に糖分を補給してください。…紀子”

紙には綺麗な達筆で書かれていた。白井は紙を見て、笑った。

「部隊のみんなで食べて、だそうだ。立花くんは甘いものは好きかな?」
「えぇ、幼い頃から生粋の甘党です。」
「そうか、今日は第3会議室が空いている。部隊のみんなを呼びに行ってくれるかな。」
「了解しました。」
立花は白井に敬礼をした。部隊の皆を呼びに部屋を出ようとした時、足を止めて、再び白井に体を向け直した。それに白井は気づいて言った。
「どうした?何かあったか?」
「娘さん、とてもお優しい方ですね。」
立花は紀子の花のような優しく、満月のような明るい笑顔を思い出して、つい口角が上がっていた。
「父親が言うのは親バカだが、娘は優しい子なんだ。大分前に妻を亡くしているんだが、娘を見ていると妻の優しさを思い出して、妻の血を継いでるのを感じるんだ。妻も娘も周りをよく見て気を使える人なんだ。」
立花は白井の笑顔を何度も見たことがある。優しい性格から部下たちと積極的に関わろうと笑顔で接してくれる。しかし、今、初めて、普段の部下たちに見せる笑顔とは違う暖かみのある白井の笑顔を見た。家族に対する愛が現れている笑顔だった。誰と誰の笑顔を思い浮かべているかすぐに分かった。帝国軍の大将の前に1人の夫であり、1人の父親であることを強く感じた。
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