君が忘れてから僕は征きたい
立花は上官である白井の初めての家族への愛ある笑顔をみて、自然と口角が上がり、微笑んでいた。
「失礼します」
もう一度、敬礼をして、部隊の皆を呼ぶために部屋を後にした。立花は再び規則的に並ぶバッテンが描かれた窓の廊下を歩く。部屋へ来る時はとても寒かったが、部屋を後にした今はとても暖かいものに包まれていた。暖かいものに包まれながら、部隊の仲間を招集しに基地の中を歩き回った。部隊の皆はぞろぞろと第3会議室に集まってきた。寒くて、身を縮めて猫背で歩く者、手を擦って来る者、甘い物と聞いて笑顔で飛んで来る者。雪がいつまで降るか予測して、負けた方が一杯奢ると賑やかに話ながら来る、そんな者たちも居た。まさに十人十色。賑やかで個性的な部隊だった。第3会議室の扉を開けると、おはぎの甘い香りが身を包んできた。全員、順番に、機敏に敬礼をする。そして、最後に立花が敬礼をして、第3会議室に入り、扉を閉めた。
「大将、おはぎを食べていいと聞いたんですが、本当ですか?!」
12部隊で1番若く、入隊して2年の中村和夫伍長がクシャッと無邪気な笑顔で言った。丸顔で太い眉毛に一重の丸い大きな目。愛嬌のある青年で、上官からも可愛がられていた。
「中村、お前の食い意地は抑えられないのか?」
中村の発言に素早くツッコミを入れる者がいた。入隊して4年になる吉村俊雄曹長。賑やかで個性的な12部隊では、ツッコミ役は大切な役割である者だ。
「吉村曹長だって、来る時にお腹一杯の奴が居たら、その分も食ってやるから安心しろ的な事言ってたじゃないですか?!」ツッコミを入れてきた吉村に素早く中村が仕返しをする。皆の前で自分の食い意地を暴露されて、一瞬で赤面になった吉村だった。2人のトントン拍子の会話にどっと笑いが起きた。笑いながら白井が部下たちに口を開いた。
「皆、勤務中に集まって貰い申し訳ない。私の娘が部隊の皆で食べろとおはぎを作ってきてね、良かったら、食べてみて貰いたい。素人が作った物だから、お店の様に味は保証出来ないが娘は料理の腕が良いんだ。」
白井は先程、立花に見せた、家族への愛がある笑顔をまた見せた。隊員たちは口を揃えて、いただきますと笑顔でおはぎを掴んだ。戦争が始まって間もないとは言え、お米は貴重な物になっている。そのため、おはぎを食べる機会も中々に減ってきていた。皆、幸せそうに笑顔で口一杯におはぎを頬張った。口に米粒を付けながら、嬉しそうに食べる中村。そんな中村をからかう上官たち。とにかく明るく楽しい、そして甘い時間だった。
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